第172話 シャドウパペット2

「どうしてD粒子が均等に混ざっていないと分かった?」

 俺はメティスに質問した。メティスは、魔力の感知力は高かったが、D粒子に対する感知力は俺より弱かったはずだからだ。


『本に失敗した時の事例と原因が書かれていたのです』

 最後の仕上げで、ああいう風に割れるのはD粒子が均等に混ざっていないという事らしい。


 失敗した事で疲れを感じ始めた。

「今日は寝よう。疲れているから失敗したんだ」

 ちょっと現実逃避気味になって寝た。疲れているのは本当だから、疲れを取ってから再挑戦しようと思ったのだ。


 翌日、朝からシャドウパペットの製作を始めた。指輪と対になっていた魔導コアが、失敗した時に壊れたので、またダークキャットの黒魔石三個を取り出し、魔導コアと指輪作りから始める。


 魔導コアと指輪を作った後、シャドウクレイから三キロを取り分ける。そのシャドウクレイにD粒子を注ぎ込みながら練り混ぜる。この作業を丁寧に行う。


 次にシャドウクレイを黒猫の形に変形させる。なぜか三頭身の黒猫が完成した。子猫のような可愛らしさと招き猫のようなありがたみがある。


『失敗ですね』

「いや、これはこれでいいような」

『ですが、バランスが悪いです』

「試しに、完成させてみよう」


 俺は魔導コアを三頭身黒猫の頭に入れてから、魔力を注ぎ込んだ。昨日と同じように体表に毛が生えてきて、顔のパーツが完成されていく。これは俺がイメージした猫の顔らしい。


 子猫のような顔が完成し、四本の足と尻尾が完成する。俺が頭に描いた猫のイメージを読み取って、魔法で補正をしているようだ。内部も粘土から筋肉や骨に変化している。


 但し、それは本物の筋肉や骨ではない。本物より重く頑丈な偽物だ。子猫パペットが完成した。完成した子猫はヨタヨタと歩き回り、時々コテッと転ぶ。もの凄く可愛い。


 それを見たメティスが、

『やはり失敗でした』

 そう言った。それを聞いて、俺は頷いた。だが、こういうシャドウパペットも有りだと思う。


「いや、こいつは実験だ。今のやり方でD粒子が均等に混ざる事が証明された」

『まあ、そうですね。ですが、これは役に立ちません。そうだ、処分する方法がちゃんと機能するか試してみましょう』


 俺の癒しになってくれそうなのだが、このまま一日中見ていたいという気分になってくる。ダメだ、情が移って処分できなくなりそうだ。それに成長しないまま永遠に子猫のままというのも残酷なような気がする。


 俺は心を鬼にして、魔導コアと対になっている指輪を壊した。その瞬間、子猫パペットが砕けて散らばる。本物の子猫のように見えるが作り物なのだと確認した。


「このシャドウパペットには、知能が有るのか?」

『魔物だった時の基礎知識と、ある種の知能というか、限定された学習能力が有ります』


 基礎知識というものに興味が湧いたが、メティスも詳しい事は知らないようだ。但し、指輪を持つ者がマスターだと条件付けされているらしい。


『グリム先生、本屋に行きませんか?』

「何か欲しい本が有るのか?」

『猫の写真集が有れば、購入して参考にすれば良いと思ったのです』


 シャドウパペットが完成しないのではないか、とメティスが危機感を持ったようだ。俺は本屋に行って猫の写真集を買って来た。


 その写真集を参考にして、三体目のシャドウパペットを製作する。念入りにイメージして製作したので、ほぼ猫と同じ体型をしたシャドウパペットが形成された。


 後は仕上げである。

『その前に、購入したソーサリーアイとソーサリーイヤーを埋め込んでもらえますか』

 俺は二種類の魔道具を眼の部分と耳の部分に埋め込んだ。


 それから魔導コアを頭に埋め込んで、魔力を注ぎ込む。黒い粘土の塊だったものが、本物の猫のようなものに姿を変えた。ソーサリーアイが本物の眼のように見える。但し、ソーサリーアイは人間の眼を参考に作られているので違和感がある。とは言え、猫型シャドウパペットの完成だった。


 俺は魔導コアと対になっている指輪をメティスが入っている袋の中に入れた。よく分からないが、メティスと猫型シャドウパペットの間で通信が行われているようだ。


 それが終わって猫型シャドウパペットが動き出した。作業台として使っていたテーブルから床に飛び下りて、部屋の中を歩き回り始める。


 俺はテーブルの上に置いてあるメティスに視線を向けた。

「メティスが動かしているのか?」

『そうです。中々面白いです。そうだ、まだシャドウパペットの特技を教えていませんでした』


「想像は付く。ダークキャットと同じなんだろう?」

『はい、影の中に隠れる事ができるのです』

 猫型シャドウパペットが近寄ってくると、俺の影の中に跳び込んだ。影の中に消えた黒猫が頭だけだして俺を見上げる。影の中に猫の生首が置いてあるようで不気味だ。


 シャドウパペットの製作法は習得した。こういうものを欲しいと思う人は多いと思う。

「次は魔物への攻撃能力が有るシャドウパペットの製作だが、急ぐ必要はないか。まず鳴神ダンジョンの攻略を進めよう」


 俺が強力なシャドウパペットが必要だと感じたのは、野営の時の見張り番と盾役が欲しいと思ったからだ。しかし、鳴神ダンジョンでの活動は、まだ二層である。


 野営するほど深く潜っていないので、盾役として使う事になる。そうなると、他の冒険者たちの前で使う事もあるだろう。


「ダンジョンで盾役として使うとなると、冒険者ギルドにシャドウパペットの事を報告する必要が有るな」


 世の中には使い魔みたいなものや魔物を使役する能力は存在しなかった。シャドウパペットは人類が手に入れた初めての使い魔になるかもしれない。


 公表したら、その反響は凄いものになると、俺は考えている。

『その反響に対応する態勢が整っていません。公表はもう少し先にするべきです』

 メティスは公表に反対のようだ。


 公表はしないとしても、シャドウパペットの研究は続けるべきだろう。メティスは魔道具との融合が可能だと知っていたようだが、魔道具はソーサリーアイとソーサリーイヤーだけではない。そういう面も実験してみたい。


「シャドウパペットの研究は始めたばかりだ。焦らずにゆっくりと進めていこう」


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