第171話 シャドウパペット

「水月ダンジョンの三十一層か。ちょっと遠いな」

 俺がためらっていると、メティスがシャドウパペットを作りたいと言う。

「メティスが、シャドウパペットを使いたいと言うのか?」


『はい、ダメでしょうか?』

「ダメじゃないが、何をするんだ?」

『夜中に勉強しようと思うんです』

 俺が寝ている間に、勉強しようという事らしい。メティスは眠らないので、暇だったようだ。


『グリム先生が、鳴神ダンジョンの探索を優先するというのなら待ちます』

 メティスは俺の事を『グリム先生』と呼ぶ。最初は『グリム様』と呼んでいたのだが、それはやめさせた。話し合った結果、『グリム先生』に決まったのだ。呼び捨てでも良いと言ったのだが、それはダメらしい。


 鳴神ダンジョンの探索では、一回探索したら二日休もうと決めていた。なので、一度パスするくらいは問題ない。俺は水月ダンジョンへ行く事にした。俺自身もシャドウパペットというものに大きな興味があったからだ。


 翌日、食料を買い込んで水月ダンジョンへ行く。二十層まで最短ルートで進んでセーフエリアとなっている中ボス部屋で一泊。この日は誰も居なかった。


 次の日は、『ウィング』も使って、なるべく戦わないようにして三十層まで進んだ。三十層で昼飯を食べて休憩してから、三十一層への階段を下りる。


 ここは森林エリアである。ダークキャットを探しながら進むと、シルバーアントに遭遇した。八十センチほどの大きな蟻である。この蟻も群れる習性があるので、戦わずに逃げる方が良いと言われている。


 俺は銀色に輝く蟻を避けて進んだ。そして、ダークキャットを見付ける。ダークキャットは、巨大な蟻塚の上に寝そべっていた。


「嫌な所に居るな」

 俺はシルバーアントの蟻塚を見上げて言った。シルバーアントは数が多い上に蟻酸を飛ばすという攻撃もある。できるなら戦いたくないが、どうしたものか。


 俺が隠れている巨木から蟻塚までの距離は二十メートルほどある。『ジャベリン』や『パイルショット』では届かないだろう。


 二つの方法を思い付いた。『ウィング』で飛んで行って仕留めるというものと、『フライングブレード』で斬剛ブレードを形成して、斬剛ブレードだけを飛ばして始末するというものだ。


『ドロップ品があった場合は、どうするのですか?』

「『ウィング』で飛んで回収するしかないかな」

『それでしたら、初めから『ウィング』で飛んで攻撃した方が良いのではないですか』


「そうだな。その前にちょっと確かめてみよう」

 俺は足元の石を拾って、ダークキャットに向かって投げた。石は放物線を描いて飛び、蟻塚の上に落ちた。その瞬間、蟻塚に開いている無数の穴からシルバーアントが出てきて、何かを探し始める。


 ダークキャットは何事もなかったかのように、蟻塚の上で寝そべったままだった。蟻塚の上が一番安全だと分かっているようだ。魔物なら人間に気付いて襲い掛かってきても良さそうなのに。


 シルバーアントが蟻塚の中に戻ってから、『ウィング』を発動しD粒子ウィングに鞍を付けた。鞍に跨ってシートベルトを締めると飛び上がる。


 俺が飛んでくるのを見て、ダークキャットが立ち上がり戦闘態勢になる。近寄った俺はクイントパイルショットをダークキャット目掛けて放った。


 D粒子パイルがダークキャットの胴体を貫いた。その一撃はダークキャットの致命傷となり、蟻塚の上からダークキャットが消えて、黒魔石と黒い粘土のようなものが蟻塚の上に残された。


「ダークキャット……三十一層の魔物にしては、弱いな」

『この魔物は接近戦での特技を持っているのです』

 ダークキャットは接近戦で敵の影に飛び込み、隙が有れば影から飛び出して攻撃するらしい。絶対に接近戦をしてはいけない魔物のようだ。


 俺は黒魔石とシャドウクレイを回収した。シャドウクレイは五キロくらいの黒い粘土である。一匹目からドロップするとは運が良い。


 俺は飛び回りながらダークキャットを探して倒した。ダークキャットは四匹に一匹の割合でシャドウクレイを残すようだ。俺は十三匹のダークキャットを倒して、黒魔石十三個とシャドウクレイ十五キロを手に入れた。


「これくらいで十分か」

 メティスに確認すると、十分な量だという。

 俺たちは三十層に戻って野営する事にした。三十層にはファイアドレイク以外に、クリムゾンラビットが棲息している。


 頭突きや蹴りを使って攻撃する凶暴なウサギだ。体長が一メートルほども有り、その攻撃には冒険者をノックアウトするほどの威力が有る。


 テントを張り、魔物探知装置をセットする。夕食を食べてから、横になっていると魔物探知装置が警報音を鳴らした。俺は飛び起きてテントの外に出る。


 二匹のクリムゾンラビットが、テントの近くまで来ている。

「ぐっすりと寝ていたのに……」

 俺は『オートシールド』を発動した。クリムゾンラビットは、パワーはないが素早い魔物だった。


 二匹のクリムゾンラビットが連携しながら襲い掛かってきた。かなりのスピードである。寝起きに、このスピードは脅威だ。


 一匹のクリムゾンラビットが頭を狙って頭突きを敢行したので、慌てて避けてクイントアローを放つ。D粒子コーンがクリムゾンラビットに突き刺さった。だが、深くは突き刺さっていないようだ。意外にクリムゾンラビットの防御力は高いらしい。


 クリムゾンラビットはトリプルパイルショットで倒した。

「ふうっ、やはり見張り番が必要だな。シャドウパペットは見張り番ができるんだろうか?」


『十五キロほどのシャドウクレイでは、大きなシャドウパペットを作れませんので、見張り番にしても魔物探知装置以上の働きはできないと思います』


「だったら、もう少し集めるか?」

『いえ、最初はこれくらいで十分でしょう。シャドウパペットを製作する者を『魔導人形師』と呼ぶようですが、最初から優れたものはできないはずです』


 俺は材料さえ揃えば、凄いシャドウパペットが作れると思っていたが、メティスの言葉を聞いて『なるほど』と思った。


 二日掛けて地上に戻った俺は、魔道具ストアでソーサリーアイとソーサリーイヤーを二つずつ買った。メティスが操作するシャドウパペットには、その二つが必要だという。


 マンションに戻った俺は、三時間ほど寝てからシャドウパペットの製作を始めた。十五キロのシャドウクレイから三キロほどを取り分けて、メティスの指示に従って製作を開始する。


 まずダークキャットの黒魔石三個を取り出して、それを原料として魔導コアと指輪を作製した。これは黒魔石に魔力を注ぎ込みながら製作するもので、面倒な手順が有り苦労した。


 次はシャドウクレイを使ってシャドウパペットの体を製作する。D粒子をシャドウクレイに注ぎ込みながら形を作っていく。魔導人形師というのは、生活魔法使いが向いている職業のようだ。


 出来上がったのは、ダックスフンドのような体型の黒猫だった。俺は可愛いと思ったのだが、

「メティスはどう思う?」

「……」

 メティスは気に入らなかったようだ。


 それでも、試しに完成させて見ようと思った。カミソリで頭部に切れ目を入れて、そこに魔導コアを埋め込んで綺麗に傷を消してしまう。


 そして、魔力を注ぎ込み始めた。ダックスフンド型の黒猫が光り始め、体表に黒い毛が生えてきて、口・鼻・眼・耳などのパーツが形を整えていく。俺は息を飲んで見守りながら魔力を注ぎ続ける。


 成功したかと思った瞬間、パキッという音がしてダックスフンド型の黒猫が割れた。

『D粒子が均等に混ざっていなかったようです』

 最初のシャドウパペットは失敗した。

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