第148話 水月ダンジョンの二十三層

 中ボス部屋での野営の場合は、テントを張らない。アウトドア用の折りたたみベッドと毛布を出し、お湯を沸かすだけで準備が終わる。熱源はアウトドア用カセットコンロである。


 沸かしたお湯をカップに注ぎ込む。中には野菜たっぷりのフリーズドライスープが入っている。夕食はスープとちらし寿司弁当だ。


 一緒に野営している月華団チームは、すき焼きを作っている。ベテランは弁当に飽きているのだろう。食事を終えると、月華団チームのリーダー白井が話し掛けてきた。


「ソロでここまで来るとは大したものだ。何層を攻略するんだ?」

「二十三層の草原エリアです」

「ふーん、パニッシュライノが居るところだな。あのさいには気を付けた方がいいぞ」


 性格の悪い冒険者じゃないようだ。白井の情報によると、パニッシュライノの攻撃で脅威なのは鼻の上にある角の攻撃らしい。丈夫な鎧を装備していても穴が開くほど威力が有るという。


 俺は情報をくれた白井に感謝して、その日は寝た。但し、付けていたヘアバンドのソーサリーアイを月華団チームに向け、魔導知能メティスを入れた巾着袋やマジックポーチは身に付けたまま眠る。


 今回の探索装備に追加したのが、このヘアバンドとベルトに吊るした魔導知能メティス入り巾着袋だった。メティスが自分にはマップ作りの機能が有るらしいというので、試してみたのだ。


 その機能は本当だった。俺が通過した場所のマップをメティスが作り、鑑定モノクルに表示する事ができたのだ。そして、眠る必要がないメティスは見張り番としても活用できた。


 しかし、何事もなく次の日になり、月華団チームは十九層の蒼銀鉱床へ採掘に行った。一人残った俺は、パン屋で買った菓子パンを食べながらメティスと話す。


「メティス、月華団チームをどう思う?」

『ずーっと蒼銀だけを採掘しているチームだからでしょうか。覇気がないように感じました』


 メティスの観察眼は鋭いようだ。リーダーである白井も家庭を持っているようだから、無理ができないのだろう。それも冒険者としての生き方の一つなので、構わないと思う。


『今回は何層まで行くのですか?』

「二十四層だ。あそこに居るリッパーバードと空中戦をしようと思っている」


 ファイアドレイクと空中戦を行う前に、予行演習としてリッパーバードと空中戦をしてみようと考えているのだ。


 『ウィング』の魔法は空中戦を考慮して作った魔法ではない。一度魔物との空中戦を経験したいと思っていたのである。その結果、『ウィング』で空中戦は無理だと分かったならば、『ウィング』を改造する事も考えなくてはならない。


 支度をして中ボス部屋を出ると二十一層へ下りる階段へ向かった。二十一層の山岳エリアは最短ルートで進み二十二層へ下りる。


 湿原エリアではラフタートルを避けて階段へと向かう。一時間ほど探して階段を下りた。二十三層は草原エリアである。


 目の前に広がる草原を見詰め、段々と下へ行くに従いエリアが広くなっているのを感じた。

『ここにパニッシュライノが居るのですね?』

「そうだ。かなり防御力の高い魔物らしいけど、知っているか?」


『検索します。……パニッシュライノは、雷装アタックという攻撃方法を持っているようです』

 メティスが新しい情報を教えてくれた。検索と言っていたので、何を検索したのか尋ねるとダンジョンアーカイブだと言う。


 本当なのだろうか? その情報は冒険者ギルドの資料にも白井の話にもなかったものだ。

『私の持つ権限では、中級ダンジョンに棲息する魔物までしか検索できませんが、情報は確かです』


 ダンジョンアーカイブ? それが何かと尋ねても、メティスは知らなかった。ダンジョンが持つ共有知識みたいなものなのだろうか? 分からない事だらけだ。


 情報源は置いておき、雷装アタックというのはパニッシュライノが電気を纏った状態で体当たりするもののようだ。体当りされると麻痺を起こし、確実に死ぬという。


「怖っ!」

 俺は用心して進む事にした。五分ほど進んだところで、パニッシュライノではなくアーマーベアに遭遇した。


 アーマーベアも俺に気付いたらしく、威嚇するように咆哮を上げるとこちらに向かって走り出した。俺は黒意杖を構え、真上から振り下ろすと同時にセブンスハイブレードを放つ。


 D粒子の刃が音速を超えてアーマーベアの頭に叩き付けられる。その一撃で魔物の頭が切り裂かれ、その大きな体が倒れた。


 魔石を拾って先に進む。『ハイブレード』のような魔法は使いやすいと感じた。動作に連動させた起動やイメージ通りに発動される感覚がピタリとくるのだ。


 『斬撃』みたいな特性を持っていたら、『ハイブレード』の威力増強版みたいなものを作っていただろう。だが、『斬撃』のような特性はD粒子二次変異に属しているらしく創れそうになかった。俺の持つ賢者システムはD粒子一次変異の特性しか創れない。


 そんな事を考えながら進んでいると、パニッシュライノと遭遇した。パニッシュライノは象ほどの大きさがある犀だ。その巨体が走ると地面が揺れる。


 と言っても怖いとは思わない。パニッシュライノとの距離が離れていた時は、そう思ったのだ。だが、次第に近付く大きな魔物を見ていて、ちょっと怖いかもしれないと思い始めた。近付くと存在感が強く感じられ、迫力がある。


 クイントパイルショットを発動する。D粒子パイルがパニッシュライノに向かって飛び肩に命中して、そのまま貫通した。その衝撃でパニッシュライノが転び地面をザーッと引っ掻きながら滑る。


 くっ、急所を外したか。

 パニッシュライノが死にきれずに立ち上がろうとしている。俺は少し近付き頭にクワッドパイルショットを撃ち込む。それがトドメとなって消えた。


 パニッシュライノが残す魔石は、青魔石<中>だった。この魔石一つを換金するだけで、半月ほど暮らせるだけの収入になるので馬鹿にできない。


 メティスからもらった雷装アタックの情報は、あまり役に立たなかった。近付く前に倒してしまうので、関係なかったのだ。


 それから三匹のパニッシュライノを倒し、二十四層に下りる階段を発見。これからが本番だと考えながら、その階段を下りた。

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