第146話 渋紙市の異変

 そのラフタートルは、自分の防御力に自信が有るらしく堂々としていた。上から見下ろすラフタートルは、俺を踏み潰すつもりらしい。


 相手の思惑は無視して、俺はトリプルカタパルトを使って垂直に身体を投げ上げた。上空からラフタートルを見下ろした俺は、セブンスコールドショットを放つ。


 命中したD粒子冷却パイルは、甲羅に突き刺さりストッパーが開く。ストッパーもラフタートルの体内に潜り込もうとして、甲羅に大きなヒビを入れる。そして、その凄まじいパワーにより、甲羅がボコッと陥没。


 その直後に冷却機能を発揮した。命中した箇所の近くに心臓や肺があり、それに繋がる血管が凍り臓器が凍結する。


 それだけの傷を負ったラフタートルは血を流していた。だが、その流れ出た血も凍りつく。ラフタートルが藻掻いた。逃げるためではなく、『エアバッグ』を使って着地した俺を攻撃しようとしているのだ。


 とは言え、それは最後の足掻きにすぎず、ラフタートルが消えた。

「こいつはタフだったな。おっ、ドロップしている」


 ラフタートルは何もドロップしないと聞いていたけど、例外も有るんだ。そう考えながら、俺は魔石とドロップ品を拾い上げる。魔石はマジックポーチへ仕舞い、ドロップ品を確かめる。


 それはゴルフボールサイズの金属球と片方だけのメガネレンズのようなものだった。片眼鏡、またはモノクルと呼ばれているものだ。何かの魔道具ではないかと思う。


 俺は右手に金属球を持ち、そのモノクルを左目に押し当てた。何かの力が働き、左目の上にピタリと固定される。暗視ゴーグルと同じような仕掛けらしい。俺は金属球を見ながら呟いた。

「何だこれは?」


『魔導知能でございます』

 俺の身体が驚きでビクッと震える。頭の中に直接声が聞こえたからだ。これは魔道具なのだろう。


「この二つは魔道具なのか?」

『そうです。鑑定モノクルと魔導知能と呼ばれております』


 鑑定モノクルという魔道具の存在は聞いた事があった。分析魔法の『アイテム・アナライズ』と同じ機能を備えた魔道具である。『アイテム・アナライズ』を所有していない冒険者には人気の魔道具だった。


 但し、鑑定モノクルは喋らなかったはずだ。モノクルに文字が浮かび上がって、情報を知らせるものだと聞いている。


「魔導知能とは?」

『ダンジョンになれなかった種子たねでございます』


 その言葉に俺は混乱した。

「ダンジョンの種子? お前はダンジョンになるはずだったのか?」

『新しいダンジョンが生まれる時、いくつかの種子が作られます。そして、選ばれた種子だけがダンジョンとなり、他は捨てられるのです』


 いやいや、ちょっと待て。ダンジョンを作っているのは誰なんだ? 俺はダンジョンの製作者について尋ねた。


『そんな者は存在しません。これは世界のことわりなのです』

 どういう意味だ? 全く理解できない。詳しい事を尋ねてみたが、詳しくは知らないようだ。


 魔導知能と言っても、知識量は多くないらしい。ダンジョンになる前に廃棄されたからだという。何ができるのかと確認すると、

『この状態では、記憶し助言する事しかできません』


 俺は鑑定モノクルを外し、マジックポーチへ仕舞おうとした。すると、魔導知能が鑑定モノクルを付けておいて欲しいという。鑑定モノクルは魔導知能の眼になっているのだと分かった。


 ゆっくりと考えられる環境が必要だ。俺は地上へ戻ろうと思った。九層の中ボス部屋で一泊してから地上に戻る。ダンジョンハウスで着替えてから、冒険者ギルドへ行くと中が騒々しかった。


「おい! 本当なのか!」

「マジだ、マジ」

「大変な事になるぞ」


 受付のマリアを捕まえて聞くと、大変な事が起きたと言う。

「渋紙市の奈留丘なるおかに新しいダンジョンが出来たんです」


 駅を挟んで水月ダンジョンの反対側にあるのが奈留丘である。名前の通り小さな丘で住宅地にはならず、公園の一部として自然のまま残されている土地だった。


 そこにダンジョンが出来たらしい。しかも上級ダンジョンではないかという冒険者が現れた。

「中に入った者が居るんですか?」

「ええ、C級冒険者の石橋さんが中に入って確かめました」


「本当に上級ダンジョン?」

「石橋さんも一層を探索しただけなので、確実な事は言えません。ですが、リアル型の上級ダンジョンではないかと言われていました」


 魔導知能が言っていた話は、本当の事だったようだ。

 ちょっとワクワクしてきた。新しいダンジョンが発生し、その探索ができるというのは、一生に一度有るかないかの出来事だ。


 俺はゆっくりと着実に実力をつけてC級になり、最終目標であるA級冒険者を目指すつもりだった。だが、急ぐ理由が出来てしまった。


 一刻も早くファイアドレイクを倒して、C級冒険者の昇級試験を受ける資格を手に入れよう。


 水月ダンジョンのファイアドレイクは、幸いな事に倒されていない。三十層の全域がファイアドレイクの棲み家であり、ファイアドレイクが自由に飛び回っているせいで仕留めるのが難しいのだ。


 ファイアドレイクを仕留めるには、空中を飛び回る魔物に攻撃を当て地上に叩き落とす必要がある。


 魔石を換金してからマンションに帰る。リビングのソファーに座ると、魔導知能と鑑定モノクルを取り出し鑑定モノクルだけをテーブルの上に置いた。魔導知能を左手に握り締めたまま問い掛ける。


「この街に新しいダンジョンが誕生したそうだ。そのダンジョンは、お前と関係が有るのか?」

『直接は関係ありませんが、私の仲間だったものでしょう』


「新しい上級ダンジョンか……早く見てみたいな」


 渋紙市に新しい上級ダンジョンが誕生した事は、世界的なニュースとなった。この事により大勢の冒険者が渋紙市を訪れるようになるだろう。


 新しいダンジョンには、新しい発見と膨大な宝が隠されているからだ。


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