第131話 風華ダンジョンの中ボス

 イベントとして行われた魔法の披露は、全部で三十分から四十分ほどだっただろう。アリサたちが魔法を披露していた時間は三分ほどだ。そんな短い時間で大勢の若者が生活魔法に対する認識を変えた。


 アリサたちは生徒たちに囲まれて質問攻めにあった。この瞬間は生活魔法が話題の中心になったのだ。御堂と羽柴は、ちょっと悔しそうな顔をしている。


 新しい生活魔法をたった一回見ただけだが、アリサたちが見せた魔法は深く記憶に刻まれただろう。だが、この中で何人が、生活魔法を学ぼうと行動を始めるかは分からない。


 ただアリサたちにも大きな収穫が有った。攻撃魔法の『マナウォッチ』と同じような魔法で『マナトレース』という魔法がある。この魔法を使うと魔力を持つ存在が移動した痕跡が見えるようになるらしい。宝物庫の探索に利用できると分かったのだ。


 その魔力の痕跡を辿れば、隠し部屋などを発見する事ができるという。アリサたちは試してみる価値が有ると思った。


「由香里、『マナトレース』の習得を頼んでいい?」

「任せて、二日で習得してみせるから」

 アリサが由香里に頼むと、即座に引き受けた。


 渋紙市に戻ったアリサたちは、普通の学院生活に戻った。但し、その学院生活の中には、水月ダンジョンの探索も入っている。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カリナがマンションに帰ると、妹のマリアが料理をしていた。

「ただいま」

「お帰りなさい。疲れた顔をして、東京で何かあったの?」


「生活魔法を東京で披露したら、他の魔法学院の教師たちから、色々質問されて大変だったのよ」

「へえー、そうなんだ。そう言えば、ギルドでも生活魔法を習得させると言っていたけど」


 カリナがマリアに目を向けた。

「勉強するの? その前に才能が有ったっけ?」

「『D』だけど、ちゃんと有るよ」


「ふーん、苦労しそうね」

「どういう事?」

「D級冒険者だった私が、苦労しているんだから」

 マリアは学生時代にE級冒険者になったが、冒険者のプロにはならずギルド職員となった。


「姉さんは、生活魔法をどこまで習得したの?」

「魔法レベルは『7』、『サンダーアロー』まで取得したの。もう一歩で魔法レベル8になれるんだけど、中々上がらないのよね」


「じゃあ、私がグリム先生に頼んであげる」

「どうして、そこにグリム先生の名前が出てくるの?」

「生活魔法と言えば、グリム先生じゃない。私もグリム先生に直接習えば、早く上達すると思うのよ」


「それはそうだけど、グリム先生も忙しいんじゃないの?」

「グリム先生は、生活魔法使いを増やしたいみたいだから、協力してくれると思う。私たちが生活魔法を広める事に協力すれば、グリム先生の利益にもなるし喜んでくれるはずよ」


 翌日、マリアはグリムに頼んでみた。そうすると、喜んで協力するという。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はギルド職員のマリアから、カリナのレベル上げとマリアに生活魔法を教える事を頼まれた。俺は引き受ける事にした。どうやら他の魔法学院の生徒や教師の前で、アリサたちが『ウィング』を使ったので、他校から『ウィング』についての問い合わせが多くなったらしい。


 それで一刻も早く『ウィング』を習得したいようなのだ。カリナには早く魔法レベル8になってもらい、一人前の生活魔法使いなら習得する魔法と決めた十一個の生活魔法を覚えてもらおう。そして、魔法学院の生徒に広めて欲しい。


 一方、マリアにもギルド職員代表として教えて、マリアからギルド職員に広めてもらうのが良いと思ったのだ。

 次の日曜日、カリナとマリアの二人と合流した。並んだ二人を見ると姉妹だというのが分かる。


「グリム先生、よろしくお願いします」

 二人と待ち合わせたのは、隣町にある風華ダンジョンである。このダンジョンの十層にある中ボス部屋で中ボスがリポップしたという情報をマリアが教えてくれたのだ。


 その中ボスはアイアンゴーレムだった。隣町の冒険者ギルドはアイアンゴーレムを仕留められる冒険者を探したが、アイアンゴーレムを仕留められる冒険者は少なかった。


 アイアンゴーレムは、スティールリザードと同等の防御力と驚くべき剛力を持っている。ただ動きは素早くないので、高い防御力を打ち破るだけの攻撃力が有れば倒せる魔物だ。


 隣町にはアイアンゴーレムを倒せる冒険者が居なかったようだ。それで渋紙市に話が来たのだが、それを聞いたマリアが姉のレベル上げに利用できるのでは、と考えたのだ。


 職権乱用じゃないかと思ったが、渋紙市にもすぐに隣町へ行けるC級冒険者は居らず、D級の中でアイアンゴーレムを倒せるのも俺くらいしか居なかったらしい。


 結局、マリアが居なくても俺が隣町へ行く事になったようだ。

「マリアさんは、『プッシュ』と『コーンアロー』を習得したんですよね?」


「ええ、習得してきました。でも、生活魔法の魔法レベルは『1』のままです」

「じゃあ、生活魔法で魔物を倒しながら、十層を目指しましょう」


 俺たちは風華ダンジョンに入った。一層の荒野エリアでは、マリアにゴブリンを相手に『プッシュ』を使わせる。その後、俺かカリナがトドメを刺した。


 二層で鬼面ドッグを倒した時に、マリアの魔法レベルが上がった。マリアは元々攻撃魔法使いなのだが、攻撃魔法は一切使わないようにしてもらう。魔力のすべてを生活魔法を使う事に集中させたのだ。


 三層・四層・五層は、俺とカリナでオークやリザードマン、マウントウルフを倒して通過した。十層までの地図は冒険者ギルドから提供してもらったので、迷う事はない。


「グリム先生、少し休みましょう」

 一番に音を上げたのは、マリアだった。ダンジョンへ潜る機会が少なくなったので、体力が落ちていたのだ。


 それを聞いたカリナが謝った。

「済みません。妹が根性無しで」

「ちょっと姉さん、根性無しはないでしょ。体力が少し落ちているだけよ」


 カリナもマリアもE級やD級の冒険者だから、中級ダンジョンでレベル上げができるのだ。これが初級ダンジョンからだと時間が掛かるのである。


 少し休憩した俺たちは、六層に向かった。六層はアンデッドだらけの廃墟エリアである。カリナは聖属性を付与された短刀を持っており、マリアも短剣を持っているという。


「そうだ。レベル上げを手伝ってもらうお礼に、アンデッドの倒し方を一つ教えます」

 カリナが突然言い出した。


「特別な倒し方なんて、有るんですか?」

「スケルトンナイトの倒し方です。聖属性の武器で腰の仙骨の部分を突き刺して倒すんです」


 そういう倒し方も有るんだと思ったが、頭蓋骨を叩き割った方が早そうだ。

「でも、頭蓋骨を割った方が……」

「そういう倒し方をしたスケルトンナイトは、大豆ほどの金の玉を残す事が有るんです」


 カリナの話では、三回に一回くらいの割合で金の玉が残るのだという。腰の仙骨に聖属性短剣を突き刺して、金の玉か? 金の玉は嬉しいが、突き刺すのが腰の仙骨だというのが微妙に難しい。それに残るのが、金の玉というのも微妙だ。


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