第106話 風華ダンジョン五層

 草加支部長が天音に目を向けた。

「天音ちゃん、我々がオークを防いでいる間に、逃げるんだ」

 コテッと天音が首を傾げる。父親もそうだが、支部長もF級冒険者だったと聞いている。自分と同じだったはずなのに、オークが二十匹程度で騒ぎすぎだ。


 これは認識の違いだった。天音の実力はグリムに鍛えられた事で、少なくともE級冒険者並みの実力が有るのだ。それを天音は自覚していない。そして、支部長たちは天音の実力を知らなかった。


「よく分からないけど、オークを倒してから説明して」

 天音はクワッドジャベリンを三連続でオークの群れに投げ込んだ。三匹のオークが倒れた。その後、『センシングゾーン』と『オートシールド』を発動する。


 支部長たちは一瞬で三匹のオークを倒した事に驚いていた。天音が前に進み出ると、

「天音、危ないから下がっていなさい」

 父親が天音を止めた。


「これくらいなら大丈夫。後ろで見ていて」

 襲ってきた二匹のオークに対して、戦棍を横に薙ぎ払うように振る動作を引き金として、クワッドブレードを発動する。その二匹のオークは胴体を斬り裂かれて死んだ。


 左から飛び込んできたオークに、掌打プッシュを叩き込む。その隙に後ろへ回り込んだオークの動きをD粒子の動きで感じ取った天音は、クワッドアローを放つ。


 次の瞬間、正面からオークが飛び込んできて棍棒を振り下ろす。天音は敢えて防御しなかった。D粒子シールドが自動的に棍棒を受け止めたからだ。


 棍棒を振り下ろしたオークをクワッドブレードで袈裟懸けに斬り捨てた。教えられた通り身体が動き、魔法が放てる。いつしか天音の顔に笑みが浮かんでいた。


 支部長は弘樹に尋ねた。

「天音ちゃんが笑いながら戦っているぞ。どうなっているんだ?」

「そんな事を聞かれても……天音がオークの群れ程度じゃビクともしないほど強くなったというしか……」


「そうみたいだな。でも、天音ちゃんは付与魔法使いだったはずだが?」

「今は、生活魔法使いだそうです」


 オークの数が半分に減っていた。不安になったオークは一箇所に固まって、一斉に襲い掛かろうとする。天音はフッと笑い、オークの集団にクイントハイブレードを叩き込んだ。


 高速で振り抜かれたクイントハイブレードが、一度に六匹のオークを真っ二つにする。

 それを見た支部長は顔を引きつらせる。

「凄まじいな」


「支部長、全部を天音に任すつもりですか」

 弘樹が支部長に鋭い声を上げた。

「そうだった。天音ちゃん、もういいぞ。後は、俺たちが片付ける」


 残り少なくなったオークたちに、支部長たちが襲い掛かった。

 天音は後ろに下がって、支部長たちの戦いを見ていた。支部長と父親は魔装魔法使いだ。『パワーアーマー』の魔法を使っている。


 冒険者を辞めてから十年以上も経過しているので、現役の頃のような戦い方は無理なようだ。だが、さすがにオークを一匹ずつならば問題なく倒せるらしい。


 オークが全滅すると支部長たちが魔石を拾って戻って来た。

「天音、ありがとう」

 父親に感謝されて、天音は照れくさいような顔をする。


「しかし、いつの間に、そんなに強くなったんだ。やっぱりジービック魔法学院は、凄いんだな」

 支部長が感心したように言う。天音は訂正する必要が有ると感じた。

「学院が凄いんじゃないの。あたしが生活魔法を習ったグリム先生が凄いのよ」


「へえー、生活魔法使いの先生か。一度会ってみたいものだ」

 天音たちは三層の階段まで行くと、そこを下りた。四層は中央を大きな川が流れている。その川の両側は草木が生い茂る林になっていた。


「支部長、この四層には、どんな魔物が居るんです?」

 天音が質問すると、支部長が教えてくれる。

「ここには、リザードマンとリザードソルジャーが居る。天音ちゃんの実力だったら、問題ないだろう」


「だったら、最短距離で行く事にしませんか」

「分かった。途中で魔物に遭遇する機会は多くなるかもしれんが、そうしよう」

 リザードマンは支部長たちに任せ、天音はリザードソルジャーと遭遇した時だけ戦い四層を攻略した。


 五層に下りた天音たちは、山の中腹に掘られたトンネルから外に出た。山の峰に沿って造られている道が奥へと伸びている。その道を通って先へと向かう。


「そう言えば、転げ落ちた冒険者の仲間は、どうしたんですか?」

 天音が気になった事を尋ねた。

「全員が怪我をしていたので、病院へ送った」


 『金剛夜叉』チームは、探索を終えて帰る途中だったので、魔力が少なくなっていたらしい。そこにマウントウルフの群れが襲い掛かり撃退できずに、メンバーの一人が谷へ落ちたようだ。


 魔力さえ十分に残っていれば、マウントウルフの群れを撃退できるだけの実力が有るチームだったという。


 冒険者が落ちたと報せのあった場所まで近付いた。前方に目を向けた天音は、マウントウルフがうろうろしているのに気付いた。


「チッ、まだマウントウルフも居るじゃないか」

 職員の一人が愚痴るように言う。

「だが、残っているマウントウルフは、五匹ほどだ。我々で始末できる」


 マウントウルフが天音たちに気付き、駆け寄って来た。天音は得意のクワッドジャベリンの連射で三匹を倒し、後を支部長たちに頼んだ。


 マウントウルフが駆逐され、冒険者が滑落した場所に到着。下を見ると、谷底に冒険者が倒れている。

「生きているのか?」

 支部長が上から確かめようと目を凝らしたが、分からなかったようだ。


「あたしが下に行って、確認してきます」

 天音が提案する。

「いや、ここは父さんが行こう。天音だと柿本を担いで戻ってこれないだろう」


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