第105話 風華ダンジョン

 天音は寮を出て実家のある隣町に向かっていた。天音の父親は冒険者ギルドの職員である。母親も冒険者ギルドで働いていたらしい。


 家に帰ると、母親の静恵しずえが夕食の準備をしていた。

「ただいま」

「遅かったのね。もう少し早く帰ってくると思っていたのに」


 母親の声を聞いてホッとした天音は、

「午前中は、ダンジョンに潜って、三年生の訓練を手伝っていたの」

 そういうと母親が笑った。


「大丈夫なの。二年生の天音が、三年生の手伝いなんて」

「生活魔法に関しては、私が先輩なの」

 母親が納得できないという顔をする。

「天音は付与魔法使いなんでしょ。生活魔法もいいけど、付与魔法も勉強しているんでしょうね」


 それを聞いて、目を逸らす天音。

「将来どうするつもりなの?」

「生活魔法使いの冒険者になるつもり」


 それを聞いた母親が溜息を漏らす。

「生活魔法使いの先生の影響らしいけど、大学には行ってね」

「約束だから大学には行くけど、冒険者になるのは決定だから」


「母さんも冒険者ギルドで働いていたから、知っているのよ。冒険者だけで食べていけるのは、一握りの才能がある者だけよ」


 天音は苦笑いした。

「娘を信用してよ。そうだ、あたしの預金通帳を見てよ」

 天音はリュックから、預金通帳を取り出して、テーブルに置いた。


「そんなの見なくても、信用してますよ。それより着替えてきなさい」

 そう言われた天音は、自分の部屋に向かった。


 静恵はテーブルに残された預金通帳を手に取った。そして、残高を見てみる。

「千二百万円と少しですって……冗談でしょ」

 ちょっと目眩めまいがした静恵は、天音の父親である弘樹ひろきと話し合わなければ、と考えた。


 その夜、こんな大金をどうして持っているのか、天音は詳しく説明を求められた。一応ダンジョンで稼いだものだという事は納得してくれたが、生活魔法については懐疑的だ。

 翌日、天音は父親の弘樹と一緒に冒険者ギルドへ行く。


「天音ちゃんじゃないか。久しぶりだな」

 この冒険者ギルドの支部長である草加は、幼い頃からの顔馴染みである。

「草加支部長、お久しぶりです」


「今日はどうしたんだ?」

「娘が習っている生活魔法を、見たいと思って」

「そうか、訓練場を借りたいんだな。いいぞ、誰も使っていなかったから」


 天音は父親と一緒に訓練場へ向かった。なぜか支部長も付いてくる。この町にはダンジョンが一つだけしかない。それも二十一層までしかない中級ダンジョンだ。


 そのせいで町に居る冒険者は少なく、必然的に冒険者ギルドは暇である。暇潰しに見物しようという事のようだ。


「それじゃあ、どんな生活魔法を見たい?」

 娘に質問されて、弘樹は考えた。

「だったら、基本的な魔法を見せてくれ」


「分かった。それじゃあ『プッシュ』ね」

 それを聞いた弘樹と支部長は笑った。『プッシュ』がどれほどしょぼい魔法か知っていたからだ。


 天音は訓練場の中央に、大きな丸太が立っているのに気付いていた。昇級試験でハズレの課題と言われる『丸太倒し』を、この支部でもやっているらしい。


「あの丸太を標的にしていいですか?」

 天音が支部長に確認した。

「いいぞ。全力で魔法をぶつけてやれ」


 頷いた天音は、丸太に近付くと掌打を叩き込むかのように突き出す。それと同時にセブンスプッシュを放った。ドゴッという音がして、大きく丸太が揺れる。


 天音が振り返ると、口を開けたまま驚いている父親と支部長の姿があった。『プッシュ』だというから、ペチッと音がして、丸太は微動だにしないと予想していたらしい。


「……天音、これは『プッシュ』じゃないだろ?」

「ちゃんとした『プッシュ』だよ。但し、七重起動したセブンスプッシュだけど」

 天音は溜息を吐いてから、多重起動について説明する羽目になった。


「支部長、大変です。『金剛夜叉』の柿本が、五層の谷底に落ちたそうです」

 職員の一人が慌てて訓練場に飛び込んできた。

「何だと……冒険者を集めろ」


 五層というのは、この町にある中級の風華ダンジョンの五層らしい。『金剛夜叉』は五層の山岳地帯でマウントウルフの群れに襲われ、戦っている中で仲間の一人が谷に転げ落ちたようだ。


 そこの谷は斜面になっており、運が良ければ死んでいないという。

「あれっ、父さんも行くの?」

 父親が鎧を身に付けたので、天音が尋ねた。


「ここは冒険者が少ないからな。五層くらいだったら、職員が行く事も有るんだ」

 弘樹はF級の冒険者だった事も有るらしい。天音も一緒に行く事にした。


「天音は装備を持っていないだろう」

「ギルドに有る装備を貸して」

「しかしな……」


 弘樹がためらっていると、草加支部長が天音が一緒に行く事を許可した。

「あの生活魔法を見ただろ。職員の誰よりも強そうだぞ」

 時間が早かった事もあって、冒険者はほとんど集まらなかった。なので、救出は職員を中心に行う事になった。ギルドの職員は、元冒険者という者が多いので、そういう者を中心に集めるらしい。


 『金剛夜叉』はダンジョン内で一泊して、戻って来る途中だったようだ。

 天音は革鎧と戦棍を借りて、職員たちと一緒に風華ダンジョンへ向かった。


 風華ダンジョンに入り、一層と二層はゴブリンやアタックボアだったので、職員たちが倒した。三層に下りると広々とした草原が広がっているのが目に入る。


 その草原で、救出チームはオークの群れと遭遇。二十匹ほどの群れである。それを見た支部長と父親の顔が強張った。救出チームは天音を入れても五人。二十匹のオークは多すぎると、支部長たちは判断したのだ。


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