第104話 水月ダンジョンの十九層
十八層は峡谷エリアだ。階段を下りた所は、崖の上である、崖に造られた道を谷まで降りて、階段を探す事になるらしい。
「問題は、崖に造られた道にムサネズミの巣が無数にあって、そこからムサネズミが飛び出してきて、冒険者を谷底に突き落とそうとする事だ」
この崖は羊ほどの大きさがある大ネズミの巨大マンションみたいなものらしい。巣穴から飛び出して体当りしたムサネズミによって、冒険者が何人も谷に落ちているという。
「冒険者が避けたら、ムサネズミは谷底に落ちる事になりますよね。そのムサネズミは自殺願望が有るんですか?」
「いや、ムサネズミはムササビのような大ネズミという意味で、ムササビのように飛べるんだ」
嫌なネズミだ。そう思った俺は、ムサネズミの攻撃を躱す方法を思い付いた。だが、その方法を峰月は使えない。
「いい事を思い付いた。『ウィング』で飛べばいいんだ」
俺が考えた事を峰月も考えていたようだ。
「そうか、峰月さんは『フライ』で飛べばいいんですね?」
「いや、私も『ウィング』で飛ぶ」
峰月が何を言っているんだか分からなかった。だが、説明を聞いて分かった。D粒子ウィングにロープで作ったブランコのようなものを付けて、それに峰月が乗って下りるというアイデアだった。
「でも、途中でムサネズミが、飛んで攻撃してきたら危ないですよ」
「そんな魔物は、私が撃ち落とす」
「素直に『フライ』で飛んだ方が良いような気がしますけど」
「『フライ』は魔力を大量に消耗するから嫌いなんだ」
峰月は魔力の温存のために、アイデアを捻り出したらしい。まあ、落ちたら『フライ』で降下すればいいのだから、大丈夫だろう。
峰月は魔力を消費するという事を嫌っているようだ。ソロ冒険者としては、当たり前なのだろう。魔力が尽きた冒険者は無力なのだから。
俺たちはロープで即席のブランコを作り、D粒子ウィングに峰月をぶら下げて谷底に向けて飛んだ。峰月を見ると周囲を警戒している。
その時、崖に開いているたくさんの穴の一つから、ムサネズミが飛び出して空中を滑空してくる。
「そのまま飛んでくれ」
そう言った峰月が魔力弾で簡単に撃墜した。
そんな事が三度ほどあって、俺たちは谷底に着陸した。谷底にもムサネズミが居たが、足場がしっかりした場所のムサネズミは怖くない。俺たちは駆除して階段に辿り着き下りた。
俺たちは完全に無視したが、この崖には迷路のようなものがあり、そこには宝箱が有るようだ。ちょっと興味を引くが、今回は無視である。
目的地である十九層に下りた。十九層は岩山と雪の世界だった。気温が零下となっており、俺はマジックポーチから、大きめのダウンジャケットを取り出して着る。
峰月も高そうな防寒着を羽織った。
「ここで遭遇する魔物は、スノーレオパルトとホワイトボアだ。どちらも手強いというほどではないが、雪上での戦いを得意としているので、注意してくれ」
地面には雪が積もっており、歩き難い。蒼銀鉱床の場所は、歩いて三十分ほどだという。
「来たぞ」
峰月が警告の声を上げた。
遠くから何かが走ってくる気配が近付いてくる。その方向を見るとホワイトボアが見えた。体長二メートルの白い大猪である。
雪をけたてて迫ってくる様子は迫力がある。俺はセブンスジャベリンを撃ち込んだ。その一撃で終わりだった。
「迫力が有ったのに……」
「猪系の魔物は、こんなものだ。用心しなきゃならないのは、スノーレオパルトの方だ」
俺たちは歩き疲れた頃に鉱床に到着。だが、もう夜の九時を過ぎている。ここで野営して、明日から採掘する事にした。
峰月が大型の白いテントを出して張った。魔物の革で作られた丈夫なものだという。しかも、ストーブ付きだ。
俺はストーブを使って、お湯を沸かし始めた。夕食の準備である。作るのはカップ麺だ。マジックポーチには大量のオニギリがあるので、オニギリと一緒に食べるつもりだ。オニギリとカップ麺、侘しい食事だが、ダンジョンでの食事だから仕方ない。
ちなみに、マジックポーチにオニギリを保存しておけば、三日くらいは大丈夫なはずなので、大量のオニギリを買ってきている。
峰月が魔道具らしいものを取り出して、テントの外に設置した。
「何ですか、それは?」
「魔物探知装置だ。魔物が近付いた時に、警報音を出す」
ソロ冒険者には必須の魔道具だった。俺も欲しいが、値段を聞いて溜息が漏れる。一個が三千万円ほどで、二個は必要だという。
テントの中で、俺たちは夕食を食べ眠った。六時間ほど眠ったが、眠りが浅くスッキリした目覚めではない。
それから採掘が始まる。岩山の一角に銀色に輝く鉱脈があり、そこを掘る。俺たちは魔法など使わずに人力で掘った。俺は『ピュア』を使うための魔力を温存するためだが、峰月は魔物の出現に備えて温存しているらしい。
掘り出した鉱石から『ピュア』で蒼銀の粒を取り出し始める。峰月は六キロほど必要だという事なので、俺の分を合わせると九キロほどを採取しなければならない。
九キロの蒼銀を採取するために、一日半が必要だった。必要な分を手に入れた俺たちがテントに戻ろうとした時、スノーレオパルトと遭遇した。
虎ほどの体格をした白い豹だ。足音を立てずに雪の中を近付いてくるスノーレオパルトは、確認するのが難しい。俺は『センシングゾーン』と『オートシールド』を発動する。
峰月が魔力弾を放ったが、魔力を感じる能力を持っているらしく避けた。俺もクワッドジャベリンを放ったが、簡単に避けられた。素早い。
スノーレオパルトは俺を獲物に選んだようだ。俺に飛び掛かってきたスノーレオパルトは、『オートシールド』のD粒子シールドに阻まれ、黒意杖の『細剣突き』によって仕留められた。
細剣突きは、黒意杖を黒細剣へ変化させる事でパイルバンカーのような突きを放つ技である。
「ほう、そいつは魔導装備だったのか」
「ええ、生活魔法使いにしか扱えない魔導装備ですけどね」
俺たちはテントを片付け、十八層に戻った。十九層は寒すぎて休憩する気にならなかったのだ。十八層の崖の上へ、また『ウィング』で飛んだ。そこで一泊した後、地上へ戻った。
俺は峰月との探索でたくさんのものを学んだ。この仕事を引き受けて良かったと思う。
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