第86話 パフォーマンス

 試験が終わり夏休みに入ったアリサたちは、訓練場で生活魔法部に入った部員を相手に生活魔法の説明をしていた。


「生活魔法において、『プッシュ』は基本です。まず皆にはトリプルプッシュが放てるようになってもらいます」


 生活魔法部は出来たばかりなので、全員が新入部員なのだが、アリサたちは経験者という事で教える側になった。


「ねえねえ、天音ちゃん。『プッシュ』なんかより、『コーンアロー』の練習をしたいんだけど」

 天音たちと同じクラスの豊月美沙が言った。


「ダメだよ。『プッシュ』は魔物を倒す事もできる大事な魔法なんだから」

「そうなの。アリサは防御用の魔法だって言っていたけど」

 美沙が非難するような目でアリサを見た。


「いやいや、アリサが間違っている訳じゃないから。『プッシュ』は防御用として使う事が一番多いの。でも、多重起動を増やせば、魔物も倒せるようになるのよ。グリム先生が剛田先生に向かって、セブンスプッシュを放ったのを見たでしょ」


「あれと同じものだとは思えないんだけど。私の『プッシュ』は狂乱ネズミも倒せそうにないほど、しょぼいんだもの」


 三年の竹内悟が口を挟んだ。

「本当に多重起動を増やすだけで、威力が上がるのか?」

 アリサたちは、ただの『プッシュ』とトリプルプッシュを実演して、その威力の違いを見せているのだが、自分で実行しないと納得できないという者もいる。


「本当です。トリプルプッシュで威力が上がるのを見せたじゃないですか?」

「そう言われても、『プッシュ』は目に見えないじゃないか。本当にトリプルプッシュなのか、分からなかった」


 カリナが笑いながら、天音の横に来た。

「それを確かめるには、魔法レベルを『2』に上げて、ダブルプッシュが使えるようになるのね。夏休みに入ったら、ダンジョンで実戦しますから、参加すればいい」


 竹内が不満げな顔をカリナに向ける。

「何で、三年になった今なんです。三年の生徒で生活魔法の才能が有る者は、冒険者になるのを諦めて、大学受験の勉強を始めている者が多いんです」


 冒険者になるのなら、夏休みはダンジョンで修業するしかないだろう。諦めて大学に行くというのなら、夏休みは勉強に集中しなければならない。


 カリナも分かっていた。だが、グリムが生活魔法の可能性に気付き、カリナ自身が習い始めたのは最近なのだ。グズグズしていた訳じゃない。


「生活魔法の重要性に気付くのが遅れたのは、学院にも問題が有るとは思う。けど、あなたたちは若い。少し遠回りをするくらいの時間は有ると思うの。但し、冒険者を諦めて普通の人生を歩むというのも、それはそれで有りよ」


 竹内がカリナに真剣な目を向けた。

「先生、グリム先生の生活魔法を習得すれば、本当に冒険者として、一人前になれるんですか?」

「F級の冒険者になるだけの実力は身に付くでしょう。でも、一人前になれるかは、魔法だけじゃ決められません」


「分かりました。夏休みはダンジョンでの修業に集中します」

「その意気込みは、評価します。ですけど、そんなに気負い込まなくても、大丈夫。生活魔法部のカリキュラムに従って修業すれば、最低限の生活魔法は覚えられるようにするから、勉強も頑張って」


「そ、そうなんですか」

 竹内は勉強など放棄して、生活魔法の修業を始める気だったようだ。


 その頃、校長室に一人の役人が来ていた。魔法学院が開校する事になった時に設立された部署で、魔法教育課というところの役人である。


「鬼龍院校長、来年度から二年と三年にも、生活魔法の授業を行うと聞きました。なぜですか?」

「生活魔法の教育が必要だと感じたからです」

「何を馬鹿な事を。我々が魔法学院を設立したのは、ダンジョンで活躍できる人材を育てるためなのですよ」


 校長が役人の鵜崎に視線を向けた。

「ええ、もちろんです。私はダンジョンで活躍できる人材を育てるために、生活魔法の授業が必要だと思ったのです」


「分かりませんな。生活魔法はダンジョンでは役立たずというのが、常識です」

「どうやら、あなたの常識は古いようですな」

「古い? どういう事です?」


「生活魔法は、今次々と新しい魔法が発見され、魔法庁に登録されているのですぞ。それを知らずに、役立たずと言っているのは、古いという他はないでしょう。それとも新しい生活魔法を知っていましたか?」


 鵜崎は顔をしかめた。

「ですが、新しい生活魔法が発見されたとしても、ダンジョンで役立つとは限らないでしょう?」


「いや、すでに新しい生活魔法を習得した生徒が、ダンジョンで活躍しております。先日は、その生徒たちがゴブリンロードを倒しました。驚いたものです」


 ゴブリンロードを倒したと聞いた鵜崎は、目を丸くした。

「それほど仰るのなら、実際に見せてもらいましょう」

 鵜崎は生徒たちが使う生活魔法を見たいと言い出した。


「それを見て納得したら、生活魔法の授業に予算を出してくれるのかね?」

「いいでしょう。ただ私を納得させるだけの魔法を、学院の生徒が使えますか?」

 この鵜崎という男は、将来次官になると言われているほど優秀な役人だった。この男を説得できれば、生活魔法の授業へ予算が下りるだろう。


 新しい魔法の授業は魔法陣を購入せねばならず、費用が掛かる。ここで予算がもらえるなら、大歓迎なのだ。しかし、鵜崎は魔法教育課の役人だ。数々の魔法を見ているはず。ちょっとくらいの魔法では納得しないかもしれない。


 校長はカリナを呼んだ。そして、鵜崎の事を話し派手な魔法を見せるように頼んだ。

「派手な魔法ですか。生活魔法には、あまり派手な魔法はないんですが」


 校長から頼まれたカリナは、アリサたちのところに戻って話を伝えた。

「それだったら、セブンスハイブレードがいいんじゃない」

 天音が千佳を見ながら提案した。


 訓練場にある岩を標的にすれば、派手なパフォーマンスを見せられるだろう。

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