第85話 黒意杖の変化
「それで最後の指輪は、どういうものなのだ? まさか、呪いの指輪とかじゃないのだろ」
指輪には様々な効果を持つ指輪が多い。その中で呪いの指輪と言われているのは、『麻酔の指輪』『下痢の指輪』『幻視の指輪』『鈍足の指輪』『痛覚拡大の指輪』などである。
それらの指輪を嵌めると、付与魔法の『アンロック』を使わないと外せなくなるのだ。
「まさか、『診断の指輪』でした。オークションに出します」
「『診断の指輪』か、億超えは確実だな。……税理士を雇っているか?」
「必要ですか?」
「当たり前だ。自分で青色申告が書けるのか?」
冒険者は税金についても優遇されていて、ある一定以下の収入だった場合、書類一枚を提出し税金を支払えば終わりなのだ。
昨年の分は書類一枚で終わったのだが、収入が何十倍にもなりそうなので税理士が必要になる。
カリナがアリサたちに視線を向けた。
「あなたたちも、税理士が必要なんじゃないの?」
天音は全然考えていなかったようで、うろたえる。
「えっ、税理士。あたしも必要なんですか?」
アリサが溜息を漏らした。
「グリム先生と一緒に、オークナイト狩りをしたから、かなりの収入になったのよ。このまま収入が増えれば、書類一枚で済む限界を超えるかも」
税理士と契約しよう。その時にアリサたちの事も頼むかな。俺がそう言うと、アリサたちから感謝された。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その数日後、俺は『リモートプレート』を試すために冒険者ギルドの訓練場へ来ていた。この魔法を試すのが遅くなったのは、税理士を探して契約したのと、アリサたちに『ハイブレード』の使い方を伝授していたからだ。
『リモートプレート』を起動する。D粒子で形成された八十センチ四方のぼんやりと赤く輝くプレートが空中に現れた。この魔法の特徴は、考えるだけで赤いD粒子プレートを動かせるというものだ。俺とD粒子プレートの間に何か回線が繋がっているかのような感触が存在する。
思考制御できるD粒子プレートは、新しいアイデアではない。『プッシュ』も発動する瞬間、D粒子プレートが形成される前に思考制御で最初に撃ち出す方向を決める。
今までになかった『リモートプレート』の機能は、D粒子プレートを長時間に渡って維持する事と、D粒子プレートが形成された後も自由自在に操れるという事だ。それは繋がっている回線が存在するからだろう。
『オートシールド』もD粒子シールドを形成した後に、思考制御していると思われるかもしれないが、D粒子シールドは攻撃に対して自動的に防御しているので、思考制御はしていない。これはこれで高度な魔法なのだ。
俺は心の中でD粒子プレートが動くように念じた。ぼんやりと赤く輝くD粒子プレートは、俺の周囲を回り上下左右に動く。ふと、このD粒子プレートがどれほどの強度があるのだろうかと疑問を持ち、地面近くにD粒子プレートを移動させ、地面に対して水平にすると上に乗ってみた。
赤く輝くD粒子プレートは、俺の体重を乗せても壊れないし空中に浮かんでいた。その状態でD粒子プレートを動かしてみた。D粒子プレートはヒュンと動いたが、俺は置き去りにされ地面に投げ出される。
「痛っ」
乗れるようなものではなかったようだ。落ちたショックでD粒子プレートと繋がっていた回線が切れ、D粒子プレートも消滅した。
この魔法がダンジョンで使えるかどうというのは微妙だ。だが、D粒子の形成物と回線を繋いで操作するという手法は、新しい魔法を創る時に使えると思った。大きな収穫だと思う。
俺は訓練場にある長椅子に座り、黒意杖を取り出した。
「さて、どういう形にするか」
生活魔法使いの戦い方は、魔装魔法使いとは違う。武器で直接仕留めるという事はほとんどない。手に持つ武器の動きに合わせて、『ブレード』や『ハイブレード』を発動するので、手に持っているのは木刀でも構わないのだ。
但し、狂乱ネズミや血吸コウモリにまで魔法を使ってしまったら、魔力が尽きてしまう。なので、小物狩り用の武器は必要だった。
いいアイデアが出ない。取り敢えず、本当に形を変えられるか試してみよう。
俺は黒意杖を細剣の形にしようと考え、精神を黒意杖に集中した。幸いにも『センシングゾーン』を使っている御蔭で、D粒子に対する感知能力が格段に上がっている。
その感知能力を使って、黒意杖のD粒子に干渉しようとした。そうすると、黒意杖の内部に干渉力が行き渡りD粒子が動き出す。
棒状だった黒意杖が少しずつ変化を開始する。先端がレイピアの切っ先のように細長く伸び始め、柄の部分を除いた黒いD粒子が百二十センチほどの細長い刃となった。
少しずつ調整して、俺が完成だと思った瞬間、頭の中に声が響いた。
【この形状を記憶しますか?】
ちょっと驚いた。喋る魔導装備については聞いた事がある。知性があるという訳ではなく、魔法的な応答システムらしい。
よく分からなかったが、俺は承諾した。その瞬間、俺の頭の中にセレクトスイッチが浮かび上がった。黒意杖本来の形状と細剣のような形状を切り替える事ができるようだ。
俺はセレクトスイッチを黒意杖に変えた。すると、一瞬で細剣のようだった形状が元の黒意杖に戻った。
「へえー、一瞬で変化するのか」
セレクトスイッチで細剣を選ぶと、また一瞬で黒細剣となる。
何度か試してみたが、ほとんど魔力を使っていないようだ。ちょっとしたアイデアが浮かび、俺は木製の標的がある場所に移動した。
そして、黒意杖を標的に向けた状態で、セレクトスイッチを黒細剣に変える。一瞬で黒意杖が黒細剣に変化し、その切っ先が標的の板を貫いていた。
「これって、本当に最高の武器になるんじゃないか」
俺は何度か試して、標的の板をボロボロにした。
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