第71話 武術道場
俺とクルミが話していると、噂のC級冒険者が来た。
「今日は、ありがとうございました」
クルミが感謝の言葉を口にする。
「構わないよ。うちのバタリオンの宣伝にもなるからね」
バタリオンの運営には金が掛かるが、スポンサーが付けば大きな利益になる。
石橋は逞しい体格をした精悍な感じの男だった。
石橋は俺に視線を向けた。
「彼は?」
「生活魔法使いのグリムさんです。期待の新人という存在です」
「ん、生活魔法使いだと言わなかったか? それで期待の新人?」
「彼は去年の十一月にF級冒険者になって、今年の四月にE級冒険者になったんですよ」
石橋が値踏みするように俺を見た。
「早くとも一年掛かるというE級への昇級を、半年ほどでね。なるほど、逸材かもしれないが、生活魔法じゃね」
石橋も生活魔法への評価は低いようだ。一般的な評価がそうなのだから仕方ないのだが、悔しい。彼が去ると、クルミが謝った。
「ごめんなさい。彼も悪気はないと思うんだけど」
「そのうちに、生活魔法使いは凄いんだという事を分からせてやりますよ。ところで、格闘技や武術について詳しいですか?」
「ええ、色々と取材したから、少しは詳しいかな」
「何か体術を学ぼうと思うんですが、お勧めは有ります?」
「そうね。有名なところだと、夢断流格闘術と星威念流剣術かしら」
その手の知識に乏しい俺でも聞いた事がある名門だった。ロジウム鉱床を発見したA級冒険者の高瀬も夢断流格闘術を習っていると聞いた事が有る。
もう一つの星威念流剣術は、蹴りや体当たり、肘打ちも有りという荒っぽい剣術だった。どんな手を使っても勝つという考えは、合理的な考えを持つ冒険者に人気のようだ。
「二つとも名門ですね。道場はどこにあるんです?」
場所を聞いて、ちょっと
「もっと近くに道場がある流派はないですか?」
「近く……そうね。ナンクル流空手というのがあるけど、お勧めしないかな」
「どうしてです? 弱いんですか?」
「いえ、鬼のように強いけど、師範が教え方が下手なの」
俺は苦笑いした。教え方が下手というのは致命的ではないだろうか? 本人が強いのなら、冒険者に転職した方が良い。そう言うとクルミも笑って同意した。
でも、クルミから話を聞くと、ナンクル流空手は優れた武術らしい。沖縄の伝統空手を学んだ創始者が、ボクシングの技術を取り入れて創った武術流派らしい。
面白そうな武術だけど、その師範はどんな教え方をするんだろうか? 一度会ってみよう。クルミに住所を聞いて、明日にでも会う事にした。
「そう言えば、今はどこを攻略しているの?」
クルミの質問に、俺は水月ダンジョンの十二層でオークナイト狩りをしていると答えた。
「オークナイト狩りなの。ソロだと危険だと聞いたけど」
「オークナイトを倒すコツが分かったので、五、六匹なら一人で大丈夫ですよ」
クルミが驚いた顔をする。
「それって、ベテランのD級冒険者に匹敵するんじゃない?」
俺は首を捻った。どうだろう? 経験の蓄積が少なすぎるんじゃないかな。
「俺なんかは、まだまだですよ」
「そうかなー。もしかして、オーク城の宝物庫を狙っている?」
「見付けられたら、凄いと思いますが、成功した人は少ないと聞いていますから」
本当は見付けてやると思っていたが、それを正直に言うと大風呂敷を広げていると思われるだろう。
クルミが微笑んだ。
「本当は、絶対に見付けてやる、とか思っているんじゃないの?」
さすが週刊誌の記者だ。鋭いな。俺は肩を竦めた。
「幸運の女神が微笑んでくれるのを期待します。とだけ言っておきましょう」
俺は武術に関する情報をもらった事を感謝して、クルミと別れた。
翌日、俺はクルミに教えてもらったナンクル流空手の道場へ向かった。寂れた道場が目に入る。やはり
「誰だ?」
後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこに男が居た。鍛えられた肉体を持つ四十代らしい男である。
「おはようございます。ここはナンクル流空手の道場ですよね?」
「その通り、ここはナンクル流空手の道場だ。まさか、入門するのか?」
どうやら道場の師範らしい。
「その前に話を聞きにきたんです」
「まあいい、中に入りなさい」
道場に入ると綺麗に掃除されているのが分かった。だが、道場自体はボロい。適当な所に座れというので、道場の真ん中に座る。
師範らしい男は、奥からお茶を持ってきて、俺の前に置いた。
「さて、儂は
「冒険者をしている。榊緑夢です。冒険者として役立つ武術か体術を習おうと思って、教えてくれる道場を探しています」
三橋が腑に落ちないという顔をする。
「ここは有名ではないのだが?」
「週刊誌の記者に聞きました。ここの師範が鬼のように強いと」
三橋が苦笑いした。
「それは間違いだよ。私も冒険者になったが、F級になるのが精一杯だった」
「ああ、魔法の才能に恵まれていなかったんですね?」
「そうだ。私の才能は、生命魔法と生活魔法だけだったのだ」
この人もそうなのか、と溜息を漏らした。
「俺も生活魔法の才能しかないですよ」
「そんなはずはない。生活魔法だけでは、冒険者を続けられないはずだ」
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