第72話 三橋師範とエアバッグ
「嘘は言っていません。最近、いくつかの生活魔法が、魔法庁に登録されたのを知っていますか?」
「いや、最近は関心がなかったからな」
「その生活魔法は、ダンジョンで使える魔法なのです」
「しかし、生活魔法なんだろ」
「生活魔法も使い方に工夫が必要なんです。ところで、『プッシュ』を習得していますか?」
「もちろんだ」
俺は三橋師範を連れて外に出た。庭に大きな杉の木がある。その杉に向かって立ち、
「その杉に向かって『プッシュ』を放ってください」
三橋師範は納得していない顔で、『プッシュ』を放った。当然、D粒子プレートが幹に当たって砕け散る。
「生活魔法は、多重起動ができる事は知っているでしょう。そこでD粒子プレートを重ねるようにして……えーっと、魔法レベルがいくつか教えてもらってもいいですか?」
「魔法レベル4だ」
「それじゃあ、D粒子プレートを重ねるように三重起動して、杉に放ってください」
三橋師範がトリプルプッシュを杉の木に放った。命中した瞬間、ドカッと音がして、杉の木が大きく揺れる。
自分で放った魔法なのに、三橋師範は信じられないという顔で杉の木を見ていた。
「全然、威力が違うのが分かりますか?」
「そ、そうだな。……この事を早く知っていたら、アルバイトなどせずに……」
師範は道場だけでは生活できないので、アルバイトをしているらしい。俺たちは道場に戻った。
「ところで、ここで教えているナンクル流空手について、教えてください」
ナンクル流空手は、型を重視する沖縄の伝統空手に、ボクシングの技術を取り込んだというのは本当らしい。ボクシングのように軽やかにステップを踏みながら、強烈な打撃と蹴りで相手を倒す武術だと言う。
試してみた方が早いというので、防具を付けた状態で組み手をした。三橋師範は軽快なステップを踏みながら、俺の周囲を回り軽くという感じでパンチと蹴りを繰り出す。その全部が強烈だった。
師範は本当に軽く攻撃しているようなのだが、俺が受ける打撃は洒落にならないほど強烈だ。防具の上に命中しているのだが、一発一発が重く身体が吹き飛ぶ。
師範のパンチは手加減しているというのが、俺にも分かるほどゆっくりなのだ。なのに回避できないタイミングで放つので避けられない。それに加え、威力は俺が全力で殴ったパンチより大きい。体重がそれほど違うとは思えないので、理解できない。
後で聞いたが、パンチや蹴りには、吹き飛ばす打ち方と力を内部で爆発させる打ち方が有るらしい。今回は吹き飛ばす打ち方を使ったと言う。
ちなみに、俺は一発も当てられなかった。
「ストップ、師範十分です」
俺は、これ以上やったら怪我をすると思ったので、中止してもらう。クルミが言ったように、鬼のように強いというのは本当らしい。
問題は教えるのが下手だという点だ。
「師範、俺にナンクル流空手の中段突きだけ教えてもらえませんか?」
「中段突きだけ……まあ、いいだろう」
クルミが教え方が下手だと言った訳が分かった。
「違う違う。そこはスーッと出して、ドカンといくんだ」
偶に天才型の才能を持つ者の中に、こういう者が居る。感覚的には分かっているが、言葉で説明できない者だ。こういう天才は指導者には向かない。
「ちょっと待ってください。まず足の動きだけ教えてもらえますか?」
身体の各部分の動きを分解して質問し、やっとナンクル流空手の中段突きがどういうものか理解した。この流派のパンチは独特で、足捌きとパンチを出すタイミングにコツが有るらしい。
そのコツが理解できれば、全体重の七割を乗せたパンチが放てるそうだ。中段突きを理解するだけで半日が必要だった。言っておくが、理解しただけで習得した訳ではない。
「どうだ、入門するか?」
教え方に問題が有るのは分かった。だが、こちらから質問し細かく聞けば、何とかなるようだ。
「はい、お願いします。時間は火曜と木曜の午前中にしたいのですが、大丈夫ですか?」
「……ちょっと、キツイな。アルバイトが入っているんだ」
「アルバイトはやめたらいい」
「おい、どうやって生活しろと言うんだ?」
「冒険者カードは、持っているんですよね。それなら、一緒にダンジョンに潜りましょう。生活できるようになるまで、生活魔法を教えますから。その代わり月謝は無しです」
「本当か?」
「本当です。今、オークナイト狩りをしているのですが、月に五、六匹倒せるようになれば、他の魔物の魔石と合わせて、生活できるはずです」
『サンダーボウル』が使えるようになれば、ソロでオークナイトを倒す事ができる。そうなれば、生活には困らないはずだ。
俺は背負ってきたリュックから取り出すふりをして、マジックポーチから『コーンアロー』の魔法陣を描いた紙を取り出した。それを三橋師範に渡す。
「これは『コーンアロー』という生活魔法です。月謝の代わりにどうぞ」
「どういう魔法なんだ?」
俺は説明した後、実際に使ってみせた。三橋師範が承諾したので、来週からナンクル流空手を習う事になった。
道場を出てから、『カタパルト』の魔法を開発した砂浜に行く。相変わらず無人だ。賢者システムを立ち上げ、『カタパルト』の改良を開始する。
少しずつ改良しながら、『カタパルト』の魔法を完成に近付ける。但し、一番難しいのは着地だった。戦闘中に転がるような着地は命に関わる。
七重起動のセブンスカタパルトを発動。俺の身体が巨人の手に掴まれて、空中を高速移動する。キツイ、加速度が身体を締め付け、呼吸をできなくする。
宙に放り投げられた時、バランスが崩れた。身体が回転しながら宙を飛び、尻から砂浜に落ちる。
「痛ってえ-!」
これはダメだ。……そうだ、着地側で受け止めるような魔法が有ればいいんだ。
俺はD粒子で大きなエアバッグのようなものを空中に形成し、受け止める魔法を構築した。中身は空気なのでD粒子の量は少なくても大丈夫なようだ。
その魔法に『エアバッグ』と名付けた。砂浜の十センチ上に三メートル四方のD粒子エアバッグが形成されるように魔法を発動してから、そこに飛び乗った。
バスンという音がしてエアバッグが俺の身体を受け止める。その後D粒子エアバッグは消え、身体が砂浜に落ちた。大した高さではなかったので、衝撃はほとんどない。
「成功だ」
俺は『カタパルト』と『エアバッグ』の連携を試す事にした。クイントカタパルトを発動する。身体がD粒子リーフに包まれ加速。
十メートルほど凄いスピード移動した俺は、魔法から解放され宙を飛ぶ。即座に『エアバッグ』を発動。俺はD粒子エアバッグに衝突し減速。ストンと着地した。
「連携も成功した」
『エアバッグ』は地面に水平に形成する事も、垂直に形成する事も可能なのだ。これが有れば高い所から落ちた時でも、安全に地面に着地できる。まあ、高度には限度が有るだろうが、屋根から落ちた程度なら怪我はしないようになる。
その後、『エアバッグ』を少し改良した。魔法の発動者の移動方向に対して、それを受け止めるような位置に自動的に形成されるようにしたのだ。発動する時に位置を指定するのでは間に合わない時もある。
ちなみに、『エアバッグ』は『カタパルト』が完成するまでの一時的なものとして開発したが、使えそうなので賢者システムに正式に登録した。
この登録という作業だが、登録すると賢者システムを立ち上げた状態でなくても、その魔法を使えるようになる。
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