第45話 精霊の泉

 精霊の泉は、すぐに見付かった。神殿の奥の部屋に直径二メートルほどの泉があった。地下から水が湧き出しているようだ。水面が波立ち、キラキラと光りを反射している。


「こいつが、精霊の泉か」

 俺は聖銀製短剣を抜いた。その特別な光沢に千佳だけは気付いた。

「えっ、その短剣は聖銀製だったんですか?」


 千佳が短剣をひと目見て言い当てた。

「ああ、初めて草原ダンジョンのボスを倒した時に、手に入れたんだ」

 アリサが頷いてから、俺のアームガードに視線を向ける。

「もしかして、アームガードも聖銀製なんですか?」


「そうだ。F級冒険者が不相応な装備を持っていると、馬鹿な連中から狙われそうだから、アームガードだけは自分で塗装して誤魔化している」

 短剣の方は、鞘から抜かなければ分からないので、そのままにしている。


 俺は聖銀製短剣を泉に投げ入れようとして躊躇ちゅうちょした。

「どうしたんです?」

 天音が尋ねた。他の皆も不審そうに俺を見ている。


「いや、何でもない。変な夢を見ただけだ」

「どんな夢です?」

「いや、大した夢じゃない」


 由香里が興味を持ったようだ。顔を近付けてお願いする。

「大した夢でないなら、教えてください」


 皆が知りたがっている顔をして、俺を注目している。溜息を漏らして話し始めた。

「俺が精霊の泉に聖銀製の短剣を投げ入れると、泉の精霊が金と銀の短剣を持って現れるんだ」


 アリサはピンと来たようだ。

「ああ、イソップ寓話の『金の斧』という話ですね」

「まあ、そうだと思う。けど、ここからが違うんだ。その精霊の頭に、俺が投げ入れた聖銀製の短剣が刺さっているんだよ」


 天音が目を丸くして身を乗り出す。

「急にホラー映画みたいになりましたね。それからどうしたんです?」

「精霊が、『あなたの落とした短剣は、この金の短剣ですか?』と質問したんで、俺が『違う』と答えると、今度は『銀の短剣か?』と質問するんだ。やっぱり『違う』と答えた」


 アリサはなるほどと頷いた。

「そこまでは、精霊の頭に刺さった短剣を除いて、イソップとほとんど同じです」

「精霊が、俺がどんな短剣を落としたか、質問したんで、俺は正直に答える事にしたんだ。こういう童話だと正直者は得をするというパターンだろ」


 由香里がジト目で俺を見た。

「精霊の頭に、先生が投げた短剣が刺さっているんですよね。この場合だと、正直に答えるのは、大変危険だと思うんですけど」


「夢の中なんだぞ。そんな論理的に考えられなかったんだ。俺が正直に答えると、『やっぱりお前か、私を殺すつもりなの!』と怒鳴られて、金と銀の短剣を投げ付けられたところで、目が覚めた」


 皆に笑われた。天音と由香里などは腹を抱えて笑っている。

「先生の夢の話は、ここまでにして、短剣を投げ入れましょう」

 アリサが最初に短剣を投げ入れた。もちろん、精霊は出て来ない。俺たちも投げ入れる。


 三分ほど待つと聖銀製短剣がキラキラと輝きを放った。その後一分ほど経過して銀製短剣が輝きを放ち始め、二分後に輝きが収まった。


「もう取り出しても大丈夫なようだ」

 俺は聖銀製短剣を泉から取り出した。アリサたちも取り出す。外見は変わっていなかったが、アリサに『アイテム・アナライズ』で調べてもらうと、短剣に『聖属性』という属性が付与されているのが分かった。


 俺は聖銀製短剣を鞘に収めると、懐中時計を取り出して時間を確かめた。

「三時を過ぎている。急いで戻ろう」


 俺たちはダンジョンを戻り始めた。途中、三層でファントムに遭遇した時は、聖銀製短剣で攻撃し仕留める事ができるのを確かめた。


『あううっ』

 ファントムの断末魔が響いて、黄魔石を残して消えた。

「よし、これでファントムも大丈夫だ」


 地上に戻った時、すでに夜になっていた。俺たちはダンジョンハウスで着替え、冒険者ギルドへ行って魔石を換金して分けた。


「先生は中ボス狩りバトルに参加するんでしょ。頑張ってくださいね」

 冒険者ギルドから出て解散する時に、天音たちが口々に応援してくれた。滅茶苦茶嬉しいのだが、今回はソロでの参加なので自信はない。


「ああ、頑張るけど、ソロでの参加だからな。あまり期待しないでくれ」

「そうか、グリム先生はソロでしたね。私たちが一緒に行けたら、良かったんですが」

 アリサが残念そうに言った。


「皆はまだG級だからな。気持ちだけはもらっておくよ。……じゃあな、気を付けて帰れよ」

 俺はアリサたちと別れて、アパートに戻った。


「ふう、疲れた」

 俺はこたつの電源を入れて、中に足を突っ込んだ。寒くなったので、こたつセットと布団だけは買ったのだ。


 寝転がって天井を見ながら考えた。プロ冒険者となった人々は、二つに分類される。一つは稼ぐダンジョンを転々と変えながら、日本中を旅して回る冒険者だ。


 もう一つは自分に合ったダンジョンを決めて、定住してダンジョンで稼ぐ冒険者である。

「水月ダンジョンを攻略するのに、どれくらい掛かるだろう?」

 水月ダンジョンは四十二層までらしい。奥に行くほど進むのが難しくなるので、完全攻略には数年掛かりそうだ。


「攻略できた頃には、俺も大人か。その頃の自分なんて想像できないな」

 こたつに入ったまま寝てしまった。一時間ぐらい寝たらしい。起きた時は頭がすっきりしていた。


 巻物を取り出して広げた。本来なら分析魔法使いに頼んで魔法陣を取り出すのだが、俺には賢者システムがある。ためらわずに巻物に魔力を流し込んだ。


 俺は『オートシールド』の魔法を習得した。

 その魔法はD粒子プレートを扱う『プッシュ』に似ている。『オートシールド』が発動すると、円盾の形をした直径二十センチほどの九枚のD粒子シールドが形成される。


 その九枚のD粒子シールドは、術者の周囲を漂いながら、自動的に術者を守り始めるらしい。

 面白い。俺が探していた防御用の魔法だ。ダンジョンが、俺の心の中を読んでいたかのようだ。


 俺は賢者システムを立ち上げて、『オートシールド』を調べた。この魔法は魔法レベル8にならないと習得できないもののようだ。


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