第40話 水月ダンジョン五層

「冗談ですよね」

 クルミが俺の顔を見て、失礼な事を言う。俺がオークナイトを倒した事が有るというのが、信じられないようだ。


「本当ですよ。これでも二匹倒しています」

「凄いじゃないですか。オークナイトをソロで倒すなんて、実力はD級かE級のベテラン冒険者に匹敵するんじゃないですか」


 クルミが俺を褒めるのを聞いて、風祭が不機嫌な顔をして尋ねた。

「それが本当なら、グリム先生は生活魔法以外も使えたんですね?」

「いや、生活魔法だけで倒したぞ」


 風祭が益々不機嫌な顔になった。

「嘘を言わないでください。生活魔法にオークナイトを倒せるような魔法はなかったはずです」


 面倒臭い奴だな。俺は風祭を睨んだ。

「生活魔法について、どれほど詳しく知っているんだ?」

 そう言われた風祭が、答えられなかった。


 クルミが代わって尋ねた。

「私はあまり詳しくはありません。ですが、生活魔法は魔物を倒すという事に対しては、役に立たないと聞いています」


「生活魔法は工夫次第で、魔物を倒せます。それに新しい魔法だって増えているんです」

「新しい魔法ですか?」

「魔法庁に行って調べれば、分かる事ですが、新しい魔法が登録されています」


「グリム先生、その新しい魔法を見せてもらえませんか」

 クルミに頼まれて、どうするか迷った。だが、もし記事になって『コーンアロー』を取得したいと思う者が増えれば、生活魔法も見直されるかもしれないと考えた。ついでに取得する者が増えれば、俺の収入にもなる。


 俺はギルドの訓練場に向かった。板で作られた標的の前まで来て告げる。

「あの標的を見ていてください」

 俺の周りにクルミたちが集まり、標的に目を向けた。


 掌を標的に向けると、トリプルアローを放った。バンと音がして標的が揺れ穴が開いた。

「あっ」

 クルミが声を上げた。だが、風祭は首を傾げていた。

「ちょっと待ってください。これは魔力弾じゃないんですか?」


 疑り深いぞ、風祭。俺は溜息を吐いてから言う。

「では、今度は威力を上げて、もう一度放ちます。勘のいい人は感じられるはずだ」

 俺はクイントアローを放った。存在感を放つようになったD粒子コーンが飛翔し標的の板を貫通し割った。


 風祭とクルミが目を見開いている。D粒子コーンの存在を感じ取ったようだ。

「魔力弾ではなかっただろ」

 渋々と風祭が同意した。魔力弾に存在感などないからだ。


「ですが、グリム先生。これくらいの威力では、オークナイトを倒せないと思いますが?」

 俺はジト目で風祭を見る。本当に面倒臭いぞ、風祭。

「この魔法は、工夫で威力を上げられるんだ。今のが最高威力じゃない」


 取り敢えず納得したので、俺はさっさと帰る事にした。

 アパートに戻って、これからどうするか考えた。これからは中級ダンジョンを中心に活動する事になるだろう。アパートを引っ越した方がいいだろうか?


 アパートから水月ダンジョンまで、バスで十五分ほどである。遠いとは言えないが、夜中にダンジョンから戻ってきた場合は、バスはないだろうから困る。

「もう少しだけ、ここから通う事にするか。水月ダンジョンで、どれくらい稼げるか確かめてから決めよう」


 その翌日、本当は休日とする予定だったのだが、草原ダンジョンへ行って『センシングゾーン』の練習をした。慣れておく必要が有ると思ったのだ。


 『センシングゾーン』を発動して魔物の動きを感じるように集中した後、休憩するという事を繰り返した。御蔭で少しずつ慣れてくる。

 昼頃になって疲れてきたので、『センシングゾーン』の練習は終了してアパートに戻ってゆっくりした。


 半日だけ休んだ俺は、翌朝から水月ダンジョンに潜った。最短距離で四層まで進む。四層ではサテュロスやビッグシープを倒しながら進み、四層の半分ほどを探索した。


 起伏の激しい地形なので、階段を探すのも苦労する。冒険者ギルドで地図を買えば、とも思ったのだが、中級ダンジョンの地図は高いのだ。

 一層ずつバラ売りされており、低層エリアの地図を買うのはもったいない気がして買っていない。


 エリアの後半分を探索しようとした時、サテュロスと遭遇する。クイントジャベリンの攻撃を外して、接近戦となった。戦斧が襲い掛かってくるのを避けながら、トリプルプッシュでサテュロスを突き離す。


 俺も後ろに飛んで、クイントアローを放った。その一撃がサテュロスの胸に突き刺さった。致命傷だと思ったが、サテュロスは死なずよろよろとしながら、俺に近付いてくる。


 そして、戦斧を振り被って攻撃しようとした。一瞬早く戦鉈の刃がサテュロスの首を切り裂いた。首から血を吹き出しながら、サテュロスが戦斧を振り下ろす。避ける暇がなかった俺は、聖銀製のアームガードで受け止めた。


 ガツンという衝撃を受けたが、怪我はない。サテュロスは消え、ガラス容器が地面に残った。通常の魔物がアイテムをドロップするのは珍しいが、偶に有る。


「あっ、もしかして……」

 魔法薬と呼ばれているものだ。週刊冒険者に載っていたものと同じ容器だから、間違いないだろう。


 ガラス容器は少し赤みを帯びているので、初級治癒魔法薬と呼ばれているものだ。これが赤でなく緑だったら初級解毒魔法薬である。どちらにしても一本三十万円ほどする。


「保護ケースを買っておけば良かった」

 ベテラン冒険者は、魔法薬がドロップした時に備えて、ガラス容器を保護するケースをダンジョンに持って行くらしい。ガラス容器が戦闘中に割れたら大損だからである。


 リュックに入れてあったタオルで魔法薬をぐるぐる巻きにしてリュックに仕舞う。それから程なくして、五層への階段を見付けて下りた。


 五層は森林エリアだ。背の高い木が生い茂り、中は薄暗い感じのする場所だった。目印になるのは、三本ある巨木である。高さが八十メートルほどもあるようだ。その中で左斜め前方にある巨木を目指す事にした。


 森に入って五十メートルほど進んだ時、最初の魔物と遭遇。黒い虎だった。冒険者は、この魔物を『ダークタイガー』と呼んでいる。『ブラックタイガー』と呼んではいけないのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る