第39話 風祭圭介

 俺は羊毛が入った袋を担いで地上に戻った。地上に戻ると、周囲に居た冒険者の注目が集まる。

「あれって、ビッグシープの羊毛か。運がいいな」

 そんな声が聞こえてきた。


 俺はダンジョンハウスに入り、そこから冒険者ギルドに電話を掛けた。出張買い取りの依頼である。十五分ほど待っていると、冒険者ギルドの車が来た。


「榊さんですか?」

「そうです。これをお願いします」

 俺が羊毛が入った袋を示した。

「ビッグシープの羊毛ですね。最近、入荷が少なくなって、ギルドでは困っていたんですよ」


 羊毛をカーゴスペースに入れ、助手席に乗せてもらって冒険者ギルドへ行った。ギルドに入った俺は、受付で魔石を換金すると同時に羊毛について確認する。


「羊毛については、今確認しています。三十分ほど待ってもらえますか」

「分かりました」

 俺が冒険者ギルドの待合室で待っていると、週刊誌の記者クルミがジービック魔法学院の生徒に取材を申し込んでいた。その生徒には見覚えがある。


 学院を首席で卒業する風祭圭介である。学生食堂でファンの女子生徒に囲まれながら、食事をしていたのを覚えている。この風祭と倉石琢磨、蒼井香苗、辻元真美、黒月圭吾が、学院のトップであり、この五人がチームを組んで水月ダンジョンの攻略をしていたはずだ。


「風祭君、卒業前に中ボス狩りバトルに挑戦すると聞いてますけど、本当ですか?」

「ええ、挑戦しますよ」

「自信はあります?」


 風祭は自信有りげな顔をしながら、

「自信なんて、とんでもない。ベテランの冒険者たちも参加するんですよ。僕らみたいな若手じゃ勝負にならないです」

 と言った。取材みたいなものに慣れている様子だ。


 俺に気付いたクルミがニコッと笑う。嫌なタイミングで見付かってしまったと思いながら、頭を下げた。

「あっ、お疲れさまです。ダンジョンから戻って来たところですか?」


 風祭が俺に目を向ける。

「グリム先生じゃないですか。学院を辞めて専業冒険者になったんだ」


「もう教師じゃないんだから、先生はよしてくれ」

 風祭が肩を竦めた。肩書なんて、どうでもいいという事なのだろう。


「へえー、榊さんは学院で教師をされていたんですか?」

「ええ、臨時教師ですけどね」

「やはり、生活魔法を教えておられたのですよね?」


 俺は『当てがハズレた』と言っていたカメラマンの方をチラリと睨んでから渋い顔で頷いた。

「教師から専業冒険者ですか。苦労されているんじゃないですか?」


 風祭が面白くなさそうな顔をしている。

「それほどでもないです。俺より彼の取材じゃないんですか」

「そうでした。風祭君、ごめんなさい」


「いや、いいですよ。それより取材なら、打ち合わせ部屋でお願いします」

「そうね。それじゃあ、失礼します」

 クルミが俺に頭を下げて、打ち合わせ部屋へ向かった。


 俺は売店で缶コーヒーを買って、飲みながら待った。俺の名前が呼ばれて、受付に行くと代金が用意されていた。品薄だったというのは本当だったらしく、三十八万円だ。


 金を渡した受付の加藤が質問した。

「ところで、ビッグシープの肉はどうしたんですか?」

「俺はソロですから、両方は持って帰れませんよ」


 加藤が納得したというように頷いた。

「ビッグシープの肉も、相場が上がっているんですよ」

「俺も持ち帰りたかったんですけど、羊毛を運ぶだけで精一杯でした」


 加藤が溜息を漏らした。

「榊さんはチームを組まないんですか?」

「生活魔法使いの俺と組んでくれる冒険者が、居ると思いますか?」


「正直に言うと、難しいと思います。でも、実力が知られるようになれば、チームを組めると思いますよ」

 F級の昇級試験で噂になったような気がするのだが、すぐに忘れられたようだ。ちょっと寂しい。


「そうですね。ありがとうございました」

 俺が帰ろうとすると、加藤が引き止めた。

「榊さんの私書箱に、手紙が届いていましたよ」


 冒険者ギルドには、私書箱サービスがあり利用していた。俺は手紙を受け取る。待合室の椅子に座って、手紙の差出人を見ると魔法庁になっている。


 何だろうと思いながら、封筒を開いて中を読む。三ヶ月分の『コーンアロー』ライセンス料を銀行口座に振り込んだという知らせだった。


 金額を見てガッカリした。源泉徴収された後の金額が五万円を超えていない。

「俺がダンジョンで活躍したら、ライセンス料も増えるかな。……頑張ろう」


 取材が終わったのだろう。打ち合わせ部屋から風祭とクルミたちが出てきた。クルミが俺を見て声を上げた。

「良かった、まだ帰っていなかったんですね。聞き忘れた事があったんです」


「何でしょう?」

「榊さんの事を記事にしようと思うんですが、本名を出してよろしいですか?」


 自分のキラキラネームにコンプレックスを持っている俺は、本名は嫌だと思った。それを伝えるとニックネームでも良いと言う。だが、良い名前を思いつかない。


「だったら、『グリム先生』でいいんじゃないですか?」

「しかし、グリムは本名ですよ」

「誰も本名だとは思いませんよ」


 クルミに言われて、少しへこんだ。他に思い付かず『グリム先生』に決まる。それを聞いていた風祭が笑う。

「結局、グリム先生に戻ったのか」


 クルミが俺に視線を向けた。

「ところで、グリム先生は中ボス狩りバトルに参加するんですか?」

「そのつもりだけど」


 風祭が口を挟んだ。

「中ボス狩りバトルに参加するのなら、中ボスを倒せるだけの実力が必要なんですけど、グリム先生は中ボスを倒せるんですか?」


「中ボスは、ゴブリンロードだと聞いた。大丈夫だと思う」

「本当ですか?」


 そう聞かれると不安になる。

「ゴブリンロードとオークナイトを比べると、どっちが強いんだ?」

「同じくらいですね」


「だったら、大丈夫だ。オークナイトを倒した事が有る」


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