第9話 賢者システム

 俺は生徒たちから『グリム先生』と呼ばれている。親が付けたキラキラネームに、インパクトがあったようだ。

「何で一人でダンジョンに居るんだ?」


 天音が顔を伏せた。

「ランキングを上げようと思って」

「さすがに一人は危険だ」

「でも、先生だって一人じゃないですか?」


「クッ、痛いところを突かれてしまった。俺も馬鹿な真似をしたと、後悔しているところなんだ」

「だったら、お互い様です」

「まあ、今日はそういう事にしておこう。一緒に戻ろうか」


 天音が落とした戦鎚を拾ってから、俺たちは地上に向かった。

「先生は、生活魔法以外も使えるんですね」

「何で? 俺は生活魔法以外はほとんど使えないよ」


「だったら、どうやって魔物を倒しているんです?」

「決まっている。生活魔法と、この狩猟刀を使ってだよ」

 俺が狩猟刀の入っている鞘を叩くと、天音が首を傾げた。


 天音の様子から、生活魔法の一般的評価が分かって、がっかりする。

「でも、生活魔法は、何かを攻撃するような魔法じゃないです」

「使い方次第だよ。次の層に上がったら証明するよ」


 俺たちは二層に上がった。

「グリム先生、気を付けてください。ここの化け猫は素早いですよ」


 五分ほど歩いたところで、リッパーキャットと遭遇した。俺は狩猟刀を抜いて、天音に言う。

「俺が倒すから、手を出すな」

 天音は二歩ほど下がった。


 その瞬間、リッパーキャットが飛び掛かってきた。

「『プッシュ』」

 天音に何を使ったのか教えるために声を出して『プッシュ』を発動する。リッパーキャットは天井に向かって撥ね上げられ、落ちてくるところを狩猟刀で喉を掻っ切って仕留めた。


「ええーっ!」

「なっ、生活魔法を使って、魔物を仕留めているだろ」

「今、『プッシュ』を使ったんですか? 何をしたんです?」


「『プッシュ』で猫を撥ね上げて、落ちてくるところを仕留めているんだ」

「信じられない。生活魔法で魔物と戦っている人を初めて見ました」

「魔物の種類によっては、生活魔法が効果が高い場合が有るんだ。一層の血吸コウモリがそうなんだ」


「血吸コウモリですか? あれは倒し難い魔物だって評判です。武器はひらりと躱すし、魔法も当て難いんです」


 俺たちは一層に上がった。そして、血吸コウモリに遭遇する。

「『ロール』」

 ひらりひらりと飛ぶ吸血コウモリに『ロール』の魔法を発動。コウモリが空中で高速回転を始める。


 回転が止まったコウモリが、ポトリと地に落ちた。

「ほら、仕留めるんだ」

 俺が天音に言うと、慌てたように戦鎚を手に構えて振り下ろす。


 俺は血吸コウモリや狂乱ネズミを生活魔法を使って倒して見せた。

「どうだ? 生活魔法も凄いだろ」

「そうですね。弱い魔物になら効果があるという事は、分かりました。ですけど、中級や上級のダンジョンで遭遇する魔物には、ちょっと……」


 天音の言葉が胸に突き刺さった。自分で考えてみても、中級や上級のダンジョンで通用するとは思えなかった。

 何匹かの魔物を倒した俺たちは、地上に戻った。天音と別れた俺は、用務員小屋に帰りリュックから荷物を取り出す。


 いくつかの魔石と黒砂鉄、ゴーグル、巻物である。

「魔石が溜まったな。明日にでも売りに行こう。さて、巻物を調べるか」


 巻物を手に取った俺は開いて見た。その巻物には魔法文字で『生活魔法創造』と書かれていた。俺も少しだけなら魔法文字が読めるのだ。そして、魔法陣のようなものも書かれていた。

「これは……賢者システムじゃないか」


 賢者システムというのは、魔法を創造するシステムである。これまでにも何人かの冒険者が手に入れた事があり、それらの者は多くの魔法を創り出し世界に広めた。


 その功績を讃えて『ワイズマン』または『賢者』と呼ぶようになった。賢者システムには種類があり、それは魔法の種類に対応していると聞いている


 でも、生活魔法の賢者システムか。どうせなら攻撃魔法の賢者システムが良かったな。

「あっ、ダメか。自分の魔法レベル以下の魔法しか創造できないんだった」


 攻撃魔法の賢者システムを手に入れたとしても、俺の攻撃魔法が魔法レベル0なら一つも魔法を創造できないという事になる。


「という事は、生活魔法の賢者システムを手に入れられて、ラッキーだったという事だな」

 巻物の使い方は分かっていた。巻物を開いた状態で魔力を流し込めば良いのだ。


 俺は巻物に魔力を流し込んだ。巻物に込められていた知識とノウハウが、俺の頭に流れ込んでくる。その膨大な知識を受け止めた俺の脳は悲鳴を上げる。


 それでも容赦なく侵入する知識に俺は気を失った。

 気が付いた時、時計の針が九時を指していた。四時間以上も気を失っていたようだ。

「酷い目に遭った。そうだ、巻物は?」


 床に巻物が落ちていた。拾い上げて広げると書かれていた魔法文字と魔法陣が消えていた。使用済みという事らしい。


 自分の頭の中を覗くと、頭の中に仮想空間のようなものがあり、その空間を使って魔法の開発が行えるみたいである。


 生活魔法は『D粒子操作』と『D粒子一次変異』というものができるらしい。『プッシュ』などのD粒子プレートを形成して動かすのはD粒子操作であり、『ライト』などはD粒子の一次変異により実現できるようだ。


「イメージしていたのと違うな。もっと神秘的なものだと思っていたのに。……試してみようかな」

 俺は『スイング』の魔法を見本として、D粒子を刀のような形にして振り下ろすように改造してみた。


 ところがD粒子を刀の形に形成するのに時間が掛かる事が分かった。魔法を発動してD粒子を集め形成するのに時間が掛かるのだ。


 『スイング』が極薄の警策プレートを形成するのには意味があったらしい。あれくらい薄いものなら即応して、魔法がすぐに発動するが、一回の魔法で刀の厚さに必要なD粒子を集めるには時間が掛かる。


 方針を変えて、正面から見るとV字になる極薄の細長いプレートを形成する魔法にした。そのV字プレートは大工道具のノミのように狭い角度で鋭利になっている。


 試しに発動してみると、大根は切れる。だが、薪に対して発動すると、ちょっと食い込んだ後にV字プレートが崩壊した。


 衝撃に耐えられなかったようだ。そこでV字プレートを同時に二つ形成して、それを重ねるようにする。今回は直径五センチほどの薪なら切れた。だが、それ以上太い薪になると崩壊する。


 俺は生活魔法が魔法レベル5になったので、同時に五つまでの生活魔法が使える。V字プレートを五つに増やし試してみた。


 今回は直径一〇センチほどの薪に対して発動する。ブンと空気を切り裂く音がして、薪が真っ二つになる。多重起動した魔法が合わさって発動すると、相乗効果で威力が増すようだ。


 それからいくつか改良を加えて『ブレード』という魔法を完成させた。俺は生活魔法でも攻撃魔法のような威力を出せる事を証明したのだ。


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