第8話 ダンジョンボスの贈り物

「ヤバイ……」

 俺は後ろを振り返った。寝そべっていた巨大狼が立ち上がり、こちらを睨んでいる。


 巨大な狼の威圧感は凄まじいものだった。思わず足が震える。巨大狼がこちらに向かって走り出した。俺は背負っていたリュックを放り投げ、トリプルプッシュで迎え討つ。


 巨大狼の頭とD粒子プレートが衝突。その衝撃でD粒子プレートが粉々になった。狼は頭を軽く振って巨大な口を開け、俺の頭を噛み砕こうとする。


 即座に『スイング』を発動し、警策プレートを叩き込む。バチッと頭に命中し巨大狼が飛び退いた。

「ダメだ。隙を作るほどのダメージを与えられない。あっ」


 魔法レベル4になった事を忘れていた。

 巨大狼は俺の周りを回りながら、威嚇するように唸っている。魔物が走り出し恐ろしい牙が並ぶ口を開けて襲い掛かってきた。


 四重起動の『スイング』を発動。警策プレートが今までにないスピードで叩き込まれる。巨大狼の首がねじ曲がり巨体が横倒しとなった。


 今度は少しダメージを与えたようだ。だが、致命傷というには、程遠いダメージである。俺は急いで近付き狩猟刀を突き立てようとした。


 その時、巨大狼の足が俺の身体を蹴り飛ばした。三メートルほど宙を飛んで転がる。起き上がり後ろに跳んだ。一瞬前に居た空間で巨大な牙がガチッと噛み合わされる。


 巨大狼の足で蹴られた腹が痛い。俺の顔に苦しげな表情が浮かんだのに気付いたのだろう。魔物が追撃してきた。四重起動の『プッシュ』で巨大狼を突き飛ばし距離を取る。


 四重起動の『プッシュ』と『スイング』を駆使して、俺は必死に戦った。だが、段々と追い込まれてゆく。四重起動の発動は、三重起動より時間が掛かるような気がする。そのせいで反撃が一瞬遅れてしまうのだ。


 御蔭で俺は鋭い爪で身体中に傷を負った。一方、巨大狼は大したダメージを負ったようには見えない。回復力とタフさが人間とは段違いなのだ。


 何かないか? このままでは死んでしまう。

 そう思った時、巨大狼が飛び掛かってきた。大きく開いた口には鋭い牙が並んでおり、地獄へ通じる穴のように思えた。


 破れかぶれになった俺は、狼の口に目掛けて『ホール』の魔法を放った。恐怖で混乱していた俺は、地獄の穴から『ホール』を連想したのだ。


 D粒子で形成されたお玉が、巨大狼の口の中を掘ろうとする。それは一度で終わる魔法ではない。何回もお玉が口の中で暴れる。


 巨大狼は俺を忘れて狂ったように転げ回る。最後のチャンスだった。タイミングを計って、巨大狼の胸に狩猟刀を突き刺した。その一撃は狼の心臓を刺し貫く。奇跡のような一撃だった。


 その一撃が巨大狼のトドメとなったようだ。巨体が光の粒になって分解し、魔石とゴーグル、それに巻物が残った。そして、俺の身体の中でドクンドクンと音がする。生活魔法の魔法レベルが『5』になったのだ。


 ホッとした瞬間、身体中に痛みが走った。まずは傷の手当だと思い、リュックから薬や包帯を取り出す。そして、できる限りの手当をする。それから巨大狼が残したものを確認しようと思った。


「何でゴーグルなんだ?」

 俺はゴーグルを掛けてみた。ゴーグルは透明ではなくスモークフィルムを貼ったような感じのもので、メガネを掛けたまま装着できるように大きめに作られている。


 固定するバンドか紐のようなものもなく、顔に当てるとピタリと密着した。頭を振っても落ちない。何らかの特殊な力が有るようだ。


 そして、薄暗いダンジョンの中でも明るい。可視光増幅方式の暗視スコープのような機能を持っている魔道具のようだ。外そうとしてみると、簡単に外せる。


「暗視ゴーグルか、便利だな」

 ダンジョン内は暗い場所もあるので便利だ。このまま使おうと装着する。


 次に拾い上げた魔石は、赤色をした直径三センチほどのものだった。赤魔石は、魔道具の魔力バッテリーとして使われるもので、これだけの大きさだと五十万円ほどで売れる。


 赤魔石をリュックに仕舞い、最後に巻物を拾い上げる。この巻物には、何かの知識が書かれているはずだ。すぐにでも調べたかったが、帰るのが遅くなるのでリュックに仕舞って帰途に就いた。


 四層までは何事もなく、三層に上がって迷路を戻っている途中に女性の叫び声を聞いた。

「ん、こんな時間にダンジョンに潜っている生徒が居るのか?」

 俺は急いで声がした方向に向かった。


 女子生徒が青トカゲに襲われていた。見覚えがある。生活魔法を教えている一年生の生徒だ。何で一人でダンジョンに居るのかは分からないが助けないと。


 俺は狩猟刀を持って駆け付けた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 母里もり天音あまねはジービック魔法学院の生徒である。但し、学院ランキングは後ろから数えた方が早い。学院ランキングというのは、ダンジョンの到達階層と実技試験の成績によって決まる。


 天音は付与魔法使いであり、実戦における攻撃力は低い。なので、ソロでのダンジョン到達階層は巨木ダンジョンの三層までだ。


 負けず嫌いな天音は、何とかランキングを上げようと三連休をダンジョンに潜って修業していたのだ。だが、三層の青トカゲに苦戦して、結局四層へは下りられなかった。


 三連休が終わりに近付き、焦った天音は十分な休憩を取らずに青トカゲと戦い、武器である戦鎚を青トカゲの尻尾で弾き飛ばされてしまった。


「逃げなきゃ……」

 武器を失くした天音は、悲鳴を上げながら逃げ回った。だが、青トカゲに追い付かれ迷路の袋小路に追い詰められてしまう。


 天音は酷く後悔していた。自分なら初級ダンジョンくらい攻略できると思っていた。それが浅はかだったのだ。大した魔法も使えないのに、一人で攻略できるはずがなかった。


 青トカゲが迫ってくる。恐怖で足が震えた。その時、誰かが飛び込んできた。その人物は大型のナイフのようなものを青トカゲの背中に突き立て、何かをした。


 すると、ナイフが青トカゲの体内に潜り込み始めた。そして、青トカゲの心臓を貫き仕留める。

「大丈夫か?」

 その声に聞き覚えがある。顔を見るとゴーグルを装着しており、誰だか分からない。


「ありがとうございます。えーっと、あなたは?」

 その人物はガッカリした様子を見せた。

「ゴーグルです。ゴーグルで顔が分からないんです」


「そうか、忘れていた」

 その人物がゴーグルを外した。ゴーグルの下から現れた顔を見て、天音は驚いた。

「……グリム先生」


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