第10話 生活魔法の授業

 『ブレード』の魔法を完成させた俺は、生活魔法について考えた。生活魔法と名付けた人物は、『ライト』や『プッシュ』の魔法を作った賢者らしい。


 俺なら生活魔法とは呼ばず、D粒子操作魔法と名付けただろう。ただ生活魔法が攻撃魔法のような威力が有る魔法になるかというと、それは疑問だ。


 生活魔法の基本は、D粒子を操作する事だ。但し、威力の有る魔法を創ろうとすると大量のD粒子を集めなければならず、起動に時間が掛かる。なので、ダンジョン探索には向かないと思い、生活で役立つ魔法を作ろうとしたのかもしれない。


 とは言え、生活魔法は意味不明なものが多い。『プッシュ』や『ロール』、『スイング』などは何のために作ったのか理解できない。


「腹が減ったな」

 俺はインスタントラーメンを作って食べ、そのまま寝た。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 次の日、天音は女子寮の部屋で目覚めた。同室の君島由香里が小さな三面鏡の前に座ってブラッシングしている。


「おはよう」

「あっ、起きたんだ。おはよう。昨日は疲れているみたいだったから聞かなかったけど、一人でダンジョンに行ったんでしょ?」

 天音が疲れ果てたという感じで戻ってきたので、由香里は心配したのだ。


「うん、少しでもランキングを上げたくて……」

「それは危険だよ」

「分かっている」

 天音は昨日の事を由香里に話した。


「嘘っ、生活魔法使いのグリム先生が」

「本当よ。生活魔法を使って、魔物を倒したの」

「ちょっと信じられないな。生活魔法って『ライト』とか『プッシュ』でしょ」


「リッパーキャットを、『プッシュ』を使って倒してた」

「どうやって?」

 天音が説明すると、由香里が感心したように頷いた。


「へえー、そんな方法が有るんだ。生活魔法の授業もちゃんと受けた方がいいのかな」

「当たり前じゃない」

 天音は着替えて、朝食を食べるために寮の食堂へ向かった。


「おはよう」

 男子寮に住む黒月圭吾が挨拶する声が聞こえた。

「おはようございます」

 天音と由香里が挨拶を返す。


「圭吾先輩は、休みの間、何していたんですか?」

 由香里が尋ねた。一年先輩である圭吾は、由香里にとって気になる存在らしい。


「ああ、中級ダンジョンの水月ダンジョンに潜った。十二層まで行ったよ」

「凄い。十二層と言えば、オークナイトが居るところですよね」

「仲間と一緒に、二十分くらい戦って倒した。本当にタフな化け物だったよ」


 天音は朝食を食べてから、学校へ行った。一時限目が生活魔法だ。

 寝癖の付いた髪でグリムが現れ、朝の挨拶をする。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は教室の中を見回し、生徒の出欠を確認した。欠席は居ないようだ。だが、この中で真面目に授業を聞く生徒は半分も居ないだろう。


 ただ今日は熱心に聞いてくれそうな生徒が一人だけ居る。天音である。ちなみに、俺はお気に入りの生徒はフルネームで覚え、それ以外は名字だけ覚えている。


 臨時教師とは言え、公平に生徒たちと接しなければならないとは思うのだが、わざとではなく自然にそうなってしまうのだから仕方ない。俺は『ピュア』についての説明を始めた。


「先生、『ピュア』は一つの物質を取り出す魔法ですよね?」

 クラスで一番成績が良い結城ゆうきアリサが質問した。

「そうだ。泥水の中から、純粋な水だけを取り出す事もできる」


「それは水浄化フィルターでも同じ事ができますよね。他に何ができるんです?」

 アリサは眼鏡を掛けた秀才タイプの女子生徒である。俺がちょっと苦手とするタイプだ。但し、運動やダンジョン探索の時は眼鏡を外しており、その時は印象が変わり優しそうな少女になる。


「金属鉱石から、目的の金属だけを取り出す事も可能だ」

「へえー、そんな事もできるんですか。でも、ダンジョンの中で、そんな余裕はないです」

「まあ、ソロで活動する場合はそうだろうな」


 安全な場所だと分かっていれば『ピュア』を使う余裕もあるだろうが、ダンジョン内で安全な場所など限られている。結局、鉱石のまま持ち帰って来る事になるのだ。


 但し、それはソロで活動する場合で、仲間が居れば安全に金属を取り出す作業をする事もできる。それに階段という安全な場所もある。それを説明するとアリサは納得した。


 クラスの中で、ちゃんと授業を聞いている生徒は十名ほどしかいない。聞いていない生徒が何をしているかというと、攻撃魔法などの教科書を開いて魔法陣を睨んでいる。


 魔法を習得するには、魔法陣をひたすら睨むという行為が必要なのだ。取得するまでの時間は、人それぞれであり、その人の魔法才能に影響される。


 生活魔法でない教科書を睨んでいる生徒の中には、問題児の二宮も居る。二宮は授業を聞かない上に、試験勉強もしないという豪傑だ。結果は成績が『1』となった訳だが、自業自得である。


「先生、ダンジョンの中で使う生活魔法を選ぶとしたら、何になりますか?」

 アリサが質問した。俺が生活魔法を習得する場合は、三十分から一時間で取得できた。それは俺の魔法才能がランクSだからである。


 魔法才能がランクDだと数日、ランクEだと十数日掛かる事もあるらしい。なので、習得しようと思う魔法は選ぶべきなのだ。


「そうだな……『プッシュ』かな」

 その答えを聞いて、アリサは意外に思ったようだ。

「『リペア』を選ばれると思っていました。理由を聞いてもいいですか?」


「小さな魔物なら、襲い掛かってくるのを止められるからだ」

「でも、『プッシュ』で形成されるD粒子プレートは脆いです」

「狂乱ネズミやリッパーキャットなら、止められる。また魔法レベルが上がれば、応用範囲も広がる」


 話を聞いていた生徒たちが『本当に?』という顔をしている。

「試してみようか」


「面白え、俺が試してやるよ」

 先ほどまで魔装魔法の教科書を睨んでいた二宮が、立ち上がった。


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