第2話 生活魔法使いの価値

 校長と温泉饅頭を食べながら話した後、俺は革鎧の修理を終わらせ外に出た。学生食堂の方へ行くとコックの宮城に捕まった。


「いいところに来た。グリム、穴を掘ってくれ」

「宮城さんも、この学院の卒業生でしょ。自分で掘ればいいのに」

「五月蝿えな。生活魔法なんか習得してねえんだよ」


 宮城は魔装魔法の使い手だったが、限界を感じて冒険者を引退しコックをしているそうだ。


 俺は仕方なく『ホール』の魔法を使った。この魔法は地面に穴を掘る魔法である。そう言っても、一瞬で穴が開くというような魔法ではなく、大気中に存在するD粒子で料理に使うお玉レードルのようなものを作り出し、地面の土を掬って上に放り投げるという作業を繰り返して穴を掘る魔法だ。


 この魔法を使う時のコツは、土を放り投げる時の角度に気を付けるというものだ。真上だと穴に土が落ちるので、ちょうど穴の縁に土の山が出来るようにするのがコツなのだ。


 直径四十センチ、深さ五十センチほどの穴が完成した。掛かった時間は、ほんの数秒である。これほど早く掘れる生活魔法の使い手は多くない。魔法が切れるとD粒子のお玉は霧散した。


「チッ、勿体ぶりやがって、簡単に掘れるんだから、すぐに掘れよ」

 宮城は料理を作っている時に出た野菜の切れ端や貝殻を捨てた。生ゴミの廃棄を忘れていたようだ。


「ボサッと見てるんじゃねえよ。用が済んだから埋めろ」

 そう言った宮城は厨房に戻っていった。


 埋めるくらい自分ですればいいのに、そう思った。仕方なく『プッシュ』の魔法を使う。この魔法はD粒子プレートと呼ばれるD粒子で出来た四角い板のようなものを作り出し物を押すだけの魔法だ。穴の隣で山になっていた土がズズッと動いて穴の中に落ちていき穴が埋まる。


 学生食堂に入って、カレーを注文する。出てきたカレー皿をトレイに載せて席を探した。半分ほどが生徒で埋まっており、俺は端の席に座る。


 そのテーブルの反対側には、四人の男女が座っていた。俺と同年代の生徒で、学院でトップ5の一人として将来を嘱望されている生徒と、そのファンみたいな女子生徒たちだ。


「チッ、グリムの奴」

 忌々しそうに舌打ちする生徒が居た。学院の問題児、二宮浩司だ。なぜか分からないが、やたらと俺に絡んでくる。


 これが女性だったら好意の裏返しかとか思うのだが、相手はニキビだらけの男子生徒だ。カレーを急いで食べ食堂を出よう。


「待てよ、グリム。雑用係のお前が、何でここで食べてるんだ」

 はああ、絡んでくるなよ。うんざりした気分になる。


「それは、俺が教師でもあるからだ」

「ふん、臨時教師じゃないか。それも生活魔法の」


「ここの食堂は、生徒と教師が使える事になっている。問題ないだろ」

「五月蝿え、俺は認めねえぞ。お前なんかが、教師になれる訳ねえんだ」


 そう言えば、二宮の生活魔法の成績を『1』にしたのを思い出した。二宮は全然生活魔法を覚える気がなかったのだから、『1』は正当な評価だ。


 二宮が俺の襟を掴んで引き寄せた。

「よせ、二宮。先生に対して失礼だぞ」

 トップ5の一人風祭圭介が二宮の手首を握った。


「邪魔するな」

 二宮が喚くと、風祭が鋭い視線で睨んだ。

「僕が、やめろと言ったんだぞ」


 その眼光に押されて、二宮は手を放した。

「ありがとう」

「いえ、当然の事ですよ。……先生」


 風祭の『先生』と言う言葉には、敬意の気持ちなど微塵も込められていなかった。原因は分かっている。俺が雑用係であり、生活魔法使いだからだ。


 この世界では、ダンジョンに潜って魔石や資源を持って帰る冒険者が求められている。なので、ダンジョンで魔物を倒せる攻撃魔法使いや魔装魔法使いなどが尊ばれる。


 一方、生活魔法使いはダンジョンでの活躍を期待できない。魔法使いなのに、残念な存在だと思われているのだ。


 俺は足早に食堂を出て用務員小屋に戻ると、ダンジョンへ行く用意をした。と言っても、武器としても鉱石を掘る道具としても使えるピックマトックを腰のベルトに差し、リュックを背負っただけである。


 ピックマトックというのは、ピッケルの先端の一方が鍬のようになっている道具だ。単にマトックと呼ばれる事もある。


 巨木ダンジョンは、学院のダンジョン区画と呼ばれるサッカーコートほどの広さがあるコンクリート塀で囲まれた場所にある。正確に言うと、ダンジョン区画の中央にそびえる巨大なクスノキの根本に入り口があるのだ。そして、そのダンジョン区画の入り口には警備員が立っていた。


 俺は臨時教師となった時に作った身分証を見せて、ダンジョンに入った。教師ならば、いつでもダンジョンに入れるのだ。但し、臨時である俺は、校長に許可をもらう必要があった。


 ダンジョンへと下りる階段は薄暗かった。俺は『ライト』の魔法を発動。頭の上にゴルフボールほどの光の玉が浮かんだ。


「そうだ。記録を取っておこう」

 生活魔法以外で使える数少ない魔法、分析魔法の『セルフ・アナライズ』を使った。頭の中に分析の結果が浮かび上がる。


【氏名】サカキ・グリム

【D粒子量】DⅠ

【生活魔法】ランクS/魔法レベル1

【付与魔法】ランクF/魔法レベル0

【魔装魔法】ランクE/魔法レベル0

【攻撃魔法】ランクF/魔法レベル0

【生命魔法】ランクF/魔法レベル0

【分析魔法】ランクE/魔法レベル1


 これは自分の魔法才能と魔法レベルを分析したものである。分析結果をメモ帳に記録した。

 D粒子量は魔物を倒すと身体に蓄積されるD粒子の量を計測したもので、これは魔力量と比例すると言われている。


 そのD粒子量の表し方は特殊で、D~AのアルファベットとⅠ~Ⅸのローマ数字を使って表す。つまり最低がDⅠでDⅡ・DⅢ・DⅣ……DⅨ・CⅠ・CⅡ……とD粒子量は増えていくのだ。


 魔法レベルは、どれほど強力な魔法を習得し使えるかという数値だ。生活魔法のほとんどは、魔法レベル1でも使える魔法であり、生活魔法使いである俺は、魔法レベル1で問題はなかった。


 各魔法のランクという文字の次にあるアルファベットは、才能をランク付けしたものである。アルファベットはSが最高で、A・B・C・D・E・Fとレベルが低くなる。


 そして、魔法才能がランクFなら魔法レベル1、ランクEなら魔法レベル5までにしかならない。


 どんなに修業しても才能の上限は超えられないという事だ。ちなみに魔法レベル0は使用不可という意味であり、その魔法を使えないという事だ。


 俺の魔法才能は、生活魔法が最高ランクである『S』という以外は、『E』か『F』だ。ダンジョンで活躍するには『D』以上でないと期待できないと言われているので絶望的だった。


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