生活魔法使いの下剋上(web版)

月汰元

第1章 生活魔法編

第1話 科学文明の停滞

 二十一世紀のある日ある時を境に、集積回路などを使った電子機器が機能しなくなった。科学者や技術者は調査を開始し、ある仮説を立てた。


 集積回路の電気の流れを妨害する未知の素粒子により、地球が包まれたのではないかというものだ。仮説は立ったが、それを証明する手段を人類は失くしていた。


 証明するためには、高度な電子機器を駆使して調査する必要があったからだ。謎の素粒子は『ディスタブ粒子』または『D粒子』と呼ばれるようになった。暗黒物質の一つではないかと言われている。


 地球の科学文明は発展する方向を変えねばならなくなった。そして、D粒子は地球に不思議な現象を引き起こす。地球の各地にダンジョンが発生したのだ。


 そのダンジョンには魔物が棲息しており、倒すと魔石が残る事が分かった。持ち帰った魔石を研究した学者は、それがD粒子が変異した素粒子で構成された物質ではないかと考えた。


 D粒子は人間にも影響を与えた。奇妙な能力を持つ人間が増え始めたのだ。その能力は『魔法』と呼ばれるようになり、実験と研究を繰り返す事で体系化され魔法技術として発達する。

 人間は高度な機械文明を失った代わりに、魔法文明を手に入れたのである。


 そんな世の中に変化した世界の日本に、さかき緑夢ぐりむという少年が居た。地方都市である渋紙しぶかみ市にあるジービック魔法学院という魔法技術を教える学校の雑用係である。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「グリム、この防具を修理しておけ」

 魔装魔法の教師である剛田が、三着の革鎧をこちらに向かって投げた。俺は受け止めきれずに尻餅をつく。


「だらしねえな。それくらいで倒れるなよ」

 その言葉に怒りと悔しさを覚えたが、相手は強力な戦闘力を持つ魔装魔法使いである。


「済みません」

 謝りながら起き上がり、革鎧を持って学院の端にある用務員小屋に向かった。ここは用務員が使っていた小屋で、今は俺の住居となっている。


 扉を開けると、板張りの床と作業台・椅子・備品棚が目に入る。テレビやオーディオ機器などはない。靴を脱いで上がり備品棚から、革の切れ端が入っているガラス瓶を取り出した。


 ガラス瓶から、革鎧に使われている青トカゲの革を取り出す。革鎧の破損箇所と同じ大きさになるように専用の工具で切り取った。そして、切り取った革を破損箇所に当てると魔法を使う。


 修復の魔法と呼ばれる『リペア』を発動した。身体から魔力が流れ出し、破損箇所と当てた革を魔力が包み込む。制御された魔力が革を変形させ破損箇所に融合して修復する。


 通常の『リペア』だと破損箇所に痕が残るのだが、絶妙な魔力制御により傷が完全に消えている。ニコリと笑って、次の傷を探す。


 全ての傷を修復した後、革鎧に浄化と掃除の魔法である『クリーン』を掛ける。革鎧が新品同様になった。

「よし、修理完了だ」


 その時、外で名前を呼ぶ声がした。俺が扉を開けると、鬼龍院校長が立っている。

「グリム、お土産を持ってきたぞ」

 校長の手には、温泉にでも行ったのか温泉饅頭の箱がある。


「ありがとうございます。入ってください。お茶を淹れますから」

 お茶の用意をして校長に出す。校長は美味しそうに飲んだ。鬼龍院校長は、俺の死んだ祖父と友人だったらしい。それで両親を亡くした俺の面倒を見るために、学院の雑用係として雇ってくれたのだ。


「ん、革鎧の修理をしておったのか。本来なら業者に頼む仕事なんじゃが」

「いえ、簡単な修理なら、俺ができますから」

「そうかもしれんが、お前も教師の一人なんじゃぞ」


 雑用係の俺が教師というのは、どういう事かというと、生活魔法を教えていた先生が退職され、代わりとなる先生が見付かるまで、臨時教師を頼まれたのだ。


 魔法学に関してだけは、教員免許の必要がなく実技ができさえすれば教師に任命できる。俺は中学を卒業して、この学院で働きながら生活魔法を独学で身に付けたので、ほとんどの生活魔法を使えるのだ。


「これも生活魔法の修業の一つだと思えば……」

「そうか。生活魔法の腕は上がったのか? 儂に見せてくれ」


 俺は頷いて、まだ修理していない革鎧を手に取った。先程と同じように破損箇所を修復する。校長は感心したように頷いた。


「見事なものじゃ。魔力制御も素晴らしい。グリムが生活魔法ではなく攻撃魔法の才能を持っていたら、どれほど素晴らしい冒険者になった事か」


 ダンジョンを探索し魔石や資源を持ち帰る者を、冒険者と呼ぶ。冒険者にはランクがあり、最高はS級で、次はA級~G級という順番になる。


 俺は冒険者として登録しているが、最低のG級だ。

「そうだ、校長先生。学院の巨木ダンジョンに、潜っていいですか?」


 校長が首を傾げた。

「修業でもするのか?」

「いえ、武具の修理に使う赤鉄が無くなったんで、採掘に行きたいんです」


 赤鉄というのは、錆びて赤くなっている鉄ではなくダンジョンの中で赤く変異したものだ。錆びないという特徴がある。ダンジョンの浅い階層にあるので、俺でも採掘に行ける。


「買えばいい。領収書を持ってくれば、学校の経費として落とすぞ」

「勿体ないです。赤鉄くらいなら、俺が掘ってきますよ」


「しかし、巨木ダンジョンは初級ダンジョンとはいえ、魔物が居るんじゃぞ。大丈夫なのか?」

「魔法を使わなくても、倒せる魔物です」


 校長は納得して許可してくれた。

「そうじゃ。巨木ダンジョンの六層には、秘密が有るんじゃが、知っておるか?」

「秘密ですか? 知りません」


「そうか、ならば言わないでおこう。サプライズが無くなるからな」

 巨木ダンジョンの六層といえば、最終層である。どんな秘密が有るというのだろう?


 校長は俺が最終層の六層まで行く事を前提で喋っている。しかし、今のところ赤鉄を採掘に行くだけなので、二層までしか行かないつもりなんだけど。


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【あとがき】

この作品は書籍化されました。ただいま第1巻が販売中です。

今後もよろしくお願いします。

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