第4話心の距離

「えっと、アイリスさん」


「お姉ちゃん」


 姉と呼ぶのが少し恥ずかしくて名前で呼んでみたが、アイリスさんはお姉ちゃんと呼べ、と言葉と表情で僕に訴えてくる。

 でも、ただでさえ恥ずかしいのに、コリンさんもいる前じゃとても呼ぶことなんてできない。


「……うぅ」


 僕は困ってしまい、言葉に詰まる。


「お姉ちゃんって呼ばない限り、私はユウ君の言うこと聞かないわよっ」


 そんな僕を見て、アイリスさんはニヤニヤと笑う。

 つまり、僕がお姉ちゃんと呼ばなければ僕はアイリスさんに無視されて、ダニーさんへ感じる寂しさを解決することが難しくなってしまうということだ。

 僕は自分の羞恥心とこのことを天秤にかけた。


「アイリスお姉ちゃん、相談があります……」


「っ……かわぃぃ……。いいわ! なんでも言ってねっ」


 照れて俯いていたため、アイリスお姉ちゃんの表情は見えなかったけど、声色は嬉しそうだった。

 僕は、僕の不安がダニーさんとコリンさんの仲を悪くするかもしれないと感じ、二人っきりになるようにお願いする。


「あの、恥ずかしいから別の部屋に行きたいです」


「あらら、私は嫌われちゃったかしら?」


「そ、そんなことないですっ。コリンさんには良くしてもらってますしっ、その、す、好きです……」


「まあっ、嬉しいわぁ!」


 僕がコリンさんを嫌うなんてあるわけがない。なので、今できる精一杯の気持ちを伝えると、コリンさんは満面の笑顔になってくれた。


「よし、それじゃあ私の部屋に行こっか」


「はい」


 そうして、僕はこの悩み事を相談すべくアイリスお姉ちゃんの部屋へと向かった。


 アイリスお姉ちゃんの部屋は、シンプルなもので、整然と家具が並べられていた。


「メイドさんが掃除とかしてくれてるはずだから汚くはないはずだけど……ほら、座って?」


 アイリスお姉ちゃんはそう言ってベッドに座り、自らの隣を手でぽんぽんと叩くので、僕はその通りにする。


「なーんちゃって」


「わあっ!?」


 隣に座った僕をアイリスお姉ちゃんは抱え上げ、膝の上に置き、そのまま抱きついてくる。


「ママみたいにこれしたかったのよね〜」


 少し抵抗するが、コリンさんが冒険者と言っていた通り、力では叶わない。

 なので、もう諦めることにした。


「で、相談ってなにかな?」


 僕の肩に顎を置いて、アイリスお姉ちゃんは尋ねる。


「その、ダニーさんのことなんですけど」


「パパ?」


「はい。コリンさんは僕のことを名前で呼んでくれるんですけど、ダニーさんは僕のことを君、とか、名前で呼んでくれなくて……」


「あぁ……たしかにそういところあるかも。私からもパパに言っておくわ」


 アイリスお姉ちゃんは、なんとなく同感なようで協力してくれるようだ。


「でも、ユウにも問題はあると思うわ」


 僕に問題ってなんだろう?


「ユウはまだ私たちのこと、お世話になっている親切な人って認識かもしれないけれど、私たちはあなたのことを家族だと思ってるの。だから、ユウに敬語を使われると距離を感じることだってあるわ」


 サラッとアイリスお姉ちゃんは言うけど、その言葉は僕の心を温かくする。


「だからね、ユウからも距離感を詰める努力をするべきなの。まずは、敬語をやめましょう」


「あ……たしかに」


 そういえば、僕は向こうから親しくされることに安心するばかりで、相手が僕の言動をどう思っているかは考えていなかった。


「うん。あとは、私にお姉ちゃんって言うように、パパとママにも、パパ! ママ! って呼んであげると距離はぐっと縮まるわっ」


「ええぇ……恥ずかしいよ」


 敬語をやめるだけでも勇気がいるのに、そんな呼び方までするなんて……。


「そうね。ま、一個ずつやっていけば絶対良くなるわ!」


 そう言ってアイリスお姉ちゃんは僕を安心させるようにギュッと抱きしめる。


「あ、相談料は晩御飯まで私の言う事聞くってことで大丈夫よ!」


 どうやら違うかったらしい。




 ☆☆☆☆☆




 晩御飯は家族みんなで食べる事になっている。それは僕も例外じゃない。

 大きなテーブルを四人で囲み、今日も豪勢なご飯を食べる。


「美味しいかい?」


 ダニーさんが僕に声をかけてくる。

 いきなりチャンスが来たようだ。

 僕は勇気を振り絞って、首を縦に振り、


「うん!」


 と返事をする。続けて、


「すごく美味しいよ、ぱ、パパ……」


 勢いに任せてそう呟く。

 アイリスお姉ちゃんはああ言っていたものの、無礼だと怒られないか不安で、ダニーさんの顔を見ることができない。

 返事を待っているが、なかなか返ってこないので、恐る恐るダニーさんを見ると、目に涙を溜めて固まっていた。


「え、あの、大丈夫です―――」


「う、おおお……君にパパと呼んでもらえる日がこんなに早く来るなんて……」


 なんだか分からないけど、とても嬉しそうだ。


「パパ。パパがユウの名前を呼ばないから不安がってたわよ。恥ずかしがらずにちゃんと呼んであげないと」


 アイリスお姉ちゃんは呆れたようにそう言う。


「そうか、それはすまないねっ……。ユウ、家族として、改めてよろしくね」


 ダニーさん……パパのその言葉に、胸がいっぱいになって僕も泣いてしまったのだった。


 その後、僕は嫉妬したコリンさんに抱き抱えられ、お風呂に連れて行かれてずっとママ呼びを強要させられ、そのまま抱き枕にされてその日を終えたのだった。

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戦争孤児は執事となり、そして可愛がられます ACSO @yukinkochan05

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