第3話悩み

 次の日、僕は誰かに頭を撫でられながら目を覚ました。


「んんぅ……」


 その手は小さいけれど、優しく、慈愛に満ちた撫でかたであり、僕はその心地よさに微睡んでいた。


「まだ疲れているでしょう? もっと寝てていいのよ?」


 心を落ち着かせるような柔らかい声音に、僕の意識は再び落ちそうになる。

 けれど、僕はその声が誰なのかという疑問と、警戒心が眠気に勝り、目を開けた。

 そこには、ブロンズの髪が特徴的な、優しそうな女性が笑顔で僕の頭を撫でていた。


「……だれ?」


「わぁ、綺麗な目をしているのねえ。私はコリン。ダニーの妻よ。つまり、あなたのお母さんになるの」


「……え?」


 起きたばかりで回らない頭を使って考えるも、よくわからない。


「簡単に言うと、家族よ」


「……そうなんだ」


 優しい声音で家族と言われ、不思議と警戒心が解ける。また、撫でられているのが気持ちいいのもあって、僕はそんなことはどうでもよくなっていた。


「撫でられるの、いやじゃない?」


「うん……気持ちいい」


「そう、よかったわあ」


 コリンさんは優しく微笑んで、僕の頭をずっと撫で続けてくれた。


 結局、僕が本格的に目を覚ましたのはダニーさんが朝ご飯を知らせに来てくれたときで、僕はその頃にはコリンさんに完全に気を許していた。


「よいしょっと」


 まだ満足に動かせない僕をコリンさんは抱き上げ、リビングへと連れて行ってくれる。

 途中、重くないのかと聞くと、コリンさんは


「軽すぎるくらいよ。それも、心配になるくらいに……」


 と言っていた。僕の村は裕福ではなかったので、僕はチビでガリガリなのかもしれない。


「さ、ついたわ。よいしょ」


 コリンさんは僕をイスに座らせてくれた。目の前のテーブルを見ると、そこには豪勢な朝食が並んでいて、僕はとても驚く。どれも、村では食べたことのない料理ばかりだ。


「こ、こんなに高そうな食べ物、僕食べれません!」


 そう、いくら家族にしたくれたとはいえ、二人は突き詰めると赤の他人なのだ。僕がこれほどの料理を食べるわけにはいかない。

 けれど、二人は苦笑して言う。


「君のために作ったんだよ。食べてくれないと、私は悲しいなあ」


「ユウ君が食べなかったら、捨てることになっちゃうわあ」


 そんなことを言われては、僕は断ることができなかった。


「わ、わかりました」


 そうして食べた料理は、とても美味しくて、暖かかった。

 僕は、胃袋をこの二人にしっかりと掴まれてしまったのだった。




 ☆☆☆☆☆☆




 それから一ヶ月が経ち、身体が完治した頃。

 僕はダニーさんとコリンさんとだいぶ親しくなれた気がする。日常会話もするようになったし、コリンさんは毎日僕を可愛いと言って抱きしめてくれている。

 だけど、僕は一つ大きな悩みを抱えていた。

 それは――


「ユウ君、今日もママがなでなでしてあげるわあ」


「コリン、やめてあげなさい。彼が困っているだろう」


 二人とも、僕の名前を単体で呼んでくれないのだ。コリンさんは『ユウ君』と、息子の友達を呼ぶような感じで僕を呼ぶし、ダニーさんに至っては、『君』とか、『彼』とかでしか呼んでくれない。

 僕はそれに距離感を感じてしまって、少し悲しい。

 でも、それを言うには勇気が足りない。もし、それで今の関係が崩れたらと思うと、言うに言えないのだ。


「だ、大丈夫ですっ。コリンさんに撫でられるの好きですから!」


 だけど、この状況はある人物のおかげで一変することとなった。

 ガチャリ、と玄関の方から扉が開く音がした。

 元々来客が多い家だったけど、無言で入ってくるパターンは初めてだったので、少し気になってそちらを見ていると、コリンさんと同じ髪の色の女の人が我が物顔で部屋へと入ってきた。


「おひさー。なんか戦争孤児拾ったって聞いたから帰ってきて見たけど……女の子?」


 少し気の強そうな人だったので、変なことされないかと気を張っていると、コリンさんが僕に女の人のことを教えてくれた。


「あの子は私たちの娘のアイリスよ。一応、冒険者をしてるわ」


「よろしくね」


 何故か、ジリジリと距離を詰めてくるアイリスさん。

 僕は身の危険を感じ、コリンさんの膝の上から離れようとするも、コリンさんは僕の腰に手を回し、それを許さない。


「ひぅっ……ぼ、僕はユウです。ダニーさんと、コリンさんの家族にならせてもらいました」


 とりあえず自己紹介をすると、アイリスさんはびっくりしたように固まった。


「え……男の子……? 待って、見た目なんてほとんど女の子じゃない……可愛い過ぎるんだけど……やば」


 なにか小声で言っている。僕の耳には届かないが、目が怖かった。


「ママ! なんでもっと早くこの子――ユウのこと言ってくれなかったの!」


「むぐっ」


 僕はアイリスさんが大きな声でコリンさんを責めると同時に、彼女から奪うような形でアイリスさんに抱きしめられた。


「私がこういうめっちゃ可愛い系男子大好きなの知ってるでしょ!はあぁ……いい匂いだあ」


 アイリスさんが僕を抱きしめる手に力が入る。あと、僕の首筋に鼻を押し当てるのはやめてほしい。

 でも、僕はとても嬉しかった。

 彼女は、僕の名前を呼んでくれたのである。

 そして、彼女は僕が今一番言って欲しかった言葉を言ってくれた。


「ユウ、私のことはお姉ちゃんって呼んでね。あと、困ったことがあったらなんでも言って! 絶対に解決してあげるからっ!」


 僕は、彼女にこのことを相談してみることに決めたのだった。



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