第2話家族

「……ぅ」


 僕が目を覚ますと、そこには目を焼くような炎もなく、身体にのし掛かった重みもなかった。


「ご……げほっげほっ!」


 ここはどこ、と呟こうとすると、喉が酷く痛み、声が掠れる。

 声を出すことができないので、仕方なく周りを見渡すとそこは見知らぬ部屋で、僕は上等なベットで寝かされていることが理解できた。

 わけがわからないでいると、なんとなく、気を失う前のことを思い出してきた。

 村が燃えたこと。家の下敷きになったこと。お父さんが倒れたこと。

 辛い事ばかりだが、僕がこうして生きているということは、お父さんも助かっているかもしれない。

 僕は、そんな希望を胸に抱いた。


「は、やく……おきな、いと」


 思い通りに動かない身体に鞭を打ち、ベッドから上半身を起こす。そして、部屋から出ようと床に足をつき、立ち上がろうとすると、僕は上手く立てずに地面に倒れ込んだ。


「うぅ……!」


 ただ倒れ込んだだけなのに、異常な程に身体が痛む。けれど、苦痛に顔を歪めながら僕は這いずった。


「大きな音がしたが、なにが……!? ダメだ、寝てなさいっ!」


 前進することに四苦八苦していると、ドアが突然開き、少し白髪の生えた男性が僕を叱った。

 その声は、どこかで聞いたことがあるような気がしたけど思い出せない。


「お、おとぅざん……!」


 僕はその男性に意思を伝えようと潰れた喉で必死に声を出す。

 男性は驚いたような表情をし、そしてゆっくりと首を振った。


「残念だが、君のお父さんは君を守って亡くなったよ」


 その言葉に、僕はあの時のことを完全に思い出す。

 確かに、お父さんは僕にもう助からないと言って、目を閉じた。

 そのことを思い出し、僕はもう耐えられなかった。


「ゔぅ……あぁぁぁ……」


 喉の痛みで声を出すこともできず、僕はただただ涙を流す。

 それは、僕が喉の痛みで泣けなくなるまでずっと続いたのだった。


 そうして、僕が泣き止んだ頃、男性は僕を抱えてもう一度ベットに寝転ばせた。

 僕も、お父さんが死んだことについてなんとなく整理がついていた。死ぬ直前まで一緒にいたこともそうだし、身体が痛すぎて意識がその事実に向きすぎなかったことも原因だと思う。

 そういったこともあって、僕は十分に水分を取り、喉の調子が少しマシになったところで男性から当時の話を聞くことにした。


「君の名前はなんて言うのかな?」


「ユウ、です」


「ユウか。いい名前だね。私の名前はダニーだ。よろしくね」


「は、はい……」


 柔和に微笑むダニーさんに、なんとなくお父さんを重ね合わせてしまい、胸が痛んだ。


「ユウ君は、あの日のことを覚えているかな?」


「えぇと、戦争に巻き込まれて、お父さんが僕を家の倒壊から庇って……。それで、僕に言葉を掛けて、意識を失ったところまでは……」


「そうか……。たぶん、私はその直後、君のもとへ来たんだよ。慌てて瓦礫と、君に燃え移っていた炎を消したんだけど、君の体は火傷だらけで、特に足は酷くてね……跡が残りそうなんだ」


 ダニーさんは布団をめくって、僕の足を見せてくれる。その足は、真っ赤になっていて、皮膚も滑らかではなく、凸凹している。


「それと、君の顔にも消えない傷が」


「それより、お父さんの話をしてほしいです」


 僕がダニーさんの話を遮ると、彼は言いにくそうに顔をしかめる。やはり、僕を前にお父さんがどうなったのかを伝えるのは気が引けるのかもしれない。


「……わかった。君のお父さんは、瓦礫をどけた後、意識を取り戻したんだ。いや、もう意識もなかったのかもしれない。ただ一言、こう呟いてこの世を去ったんだ。『ユウ、生きてくれ』と」


 自分が死ぬ間際まで、僕のことを考えていたことに、僕は悲しいような、嬉しいような、形容することのできない気持ちを抱く。


「私は、君のお父さんに君を託されたような気持ちになった。だから、私は君にできるだけの手助けをしようと決めた。君がこれから一人で生きていくのなら、できうる限りの資金援助や、口利きをする。里親を探して欲しいのなら絶対に信用できる人を紹介する。だから、君は、これからどうしたい?」


 真剣な眼差しのダニーさんを見て、僕は彼が信頼できる人だと感じた。ダニーさんが悪い人なら、僕を叱ったりしないはずだし、直感でそう感じたのだ。

 だから僕は――


「……ダニーさんと、一緒に住みたいです。家族に、なりたい、です」


 何もかもを失って、一人が、孤独であることが怖かった僕は、彼にそうお願いした。

 ダニーさんは、僕の言葉を聞いて目を丸くし、そして数泊置いて、満遍の笑みを浮かべた。


「今日から君は、僕の息子だ!」


 そうして、僕はダニーさんの子供となったのだった。





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