第8話誘拐

 仕事量は減ったが自分の手でやらないといけないことは増えてげんなりしていたある日、俺はルルーナの部屋にに呼び出されていた。


「なるほど、家族のパーティがあるから一週間家を開ける、と」


 そこで聞かされたのは国内の貴族が一挙に集まる巨大なパーティがあり、そこにルルーナも出席するため俺とは会えないこと(その不細工と顔を合わせなくて清々するわ!)と言っていたが、睨むとビクビクしていたのでそんなニュアンス。

 一番隙ができる時なので、屋敷から出てはいけないということである。


「まあ、俺もわざわざ危険を冒してまで外に出たいとは思わないけど……あいつに捕まったら面倒だし……」


「ということですので、言いつけを守るように」



 そう告げて、ルルーナは何人かの従者を連れて出掛けていった。



 ☆☆☆☆☆☆☆



 それから一週間、俺はメイド長にしごきにしごかれ料理スキルを鍛え上げられていた。

 なぜ料理なのか聞くとあまり詳しくは教えてもらえなかったが、断片的な情報から推測するにルルーナが俺の手料理を食べたいっぽい。


「しょーもな」


「は?」


「うぎゃぁぁぁ!?」


 聞いた時に思わず本音が漏れた時、ガチギレで傷口に指突っ込んできて死にそうになったのは長い思い出である。



 そんなふうに魔法を使わないという新鮮な日々を送っていると、屋敷の玄関が勢い良く開けられた。

 何事かとみんながそちらを見ると、そこには血まみれの従者が息を荒らげ、膝に手をついていた。


「ーーーる、ルルーナ様たちが賊に襲われたッ!」


 ザワッと屋敷が騒がしくなり、使用人たちが混乱に包まれるなか、響き渡ったのは凛とした声。


「落ち着きなさいッ! エルクレイナ家使用人としてご主人様を救い出すわ! あなたは王都へ早馬を! あなたはウチの騎士団に連絡、あなたはーーー」


 メイド長サクがリーダーシップをとり、それぞれの使用人に指示を出していく。

 そして、俺と目が合う。


「あなたは……」


 サクは逡巡する。

 彼女が悩むほど、俺の立場は複雑である。

 ルルーナの寵愛を受け、俺がもし助けに行って死ぬことがあればルルーナの精神には強い負担になる。

 また、他所の有力者との共同保有であるため、俺が死んだ場合この家はただでは済まない。

 ーーーサクが保身に走るなら、ルルーナが死んだとしても俺を連れて行かない方が生き残る可能性は高いはずだ。


「……迷う必要はあるのか?」


 俺はサクを見つめ返し、問う。

 魔力線を負傷していても、魔法は使えないわけではない。それに、騎士を連れていくには時間が掛かるし、向こうも騎士の志を利用するなりなんらかの抵抗を見せるはずである。

 猫の手も借りたい状況だ。

 このメイド長は、分かっている。


「ーーー分かりました。私と二人で乗り込みましょう」


 今やるべきは、相手の迎撃体制が整う前に、ルルーナに手を出される前に奪還すること。


「了解しましたよ、メイド長」


 俺はこの一週間、お世話になった包丁をお守り代わりに手に取り、襲撃現場へと向かった。



 さて、街と街を繋ぐ道路を走っていると、地面に木屑や装飾品の破片が微妙に落ちている場所があった。

 後処理はしているようだが、破壊した馬車の痕跡である。


「この辺だな」


 ルルーナ一行はここで賊に襲われ、攫われた。

 道以外は木々に囲まれており、そこを少し調べると無惨に切り捨てられた遺体や馬車が放り捨てられていた。


「……ひどい」


 サクが人の心があるとは思えない行為に憤っている。

 眉を歪ませ、手は硬く握られている。


「死体は後だ。今は生きている人を救うのを優先するぞ」


「……はい。できますか?」


「ああ」


 俺だって、こんな光景に怒りを覚えていないわけではない。しっかり弔ってやりたい。

 しかし、やるべきことが他にある。

 実は魔力線を損傷しても魔法が使えないわけではない。それでも使えない、と表現するのは魔力線の損傷を劇的に悪化させ、損傷箇所から漏れ出た魔力が肉体に壮絶な痛み、その他悪影響を及ぼすためだ。

 俺は魔力を広範囲に展開させ、生物や異物を見つける魔法、探知魔法を発動させる。


 ピシィッ……


 身体の何かが軋む音がする。

 打撃、切り傷、骨折。どれとも違う形容し難い痛みが身体中に奔り、思わず膝をつく。


「ぐぅっ……!」


 しかし、痛いからといってここで止めるわけにはいかないのだ。

 なおも範囲を広げ続けていくと、不自然に生物の反応が集まっている場所を発見した。


「あ、あった……!」


「本当ですか!? 行きましょう!」


 俺たちは剣を持ち、急いで賊の隠れ家へと走るのだった。


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