第7話後遺症

 俺が目を覚ますと、そこはいつもの部屋――ではなく、ベットがふかふかで、枕も柔らかく、掛け布団の肌触りが段違いにいいという至福のベットの上だった。部屋も俺のではなく、星空の壁紙が貼られ、絨毯も青い高そうなものが使われている。


「……初めからこのベット使わせてくれよ」


 俺のためにわざわざ前使ってた人が譲ってくれた、なんてことはありえないため、俺はひとりごちる。

 誰かに聞かれてたら拙いっ、と思ったが、俺の呟きに反応はなく、一人胸を撫で下ろす。

 窓を見ると辺りは暗く、夜という方が分かる。

 ……俺はあれから半日寝てたのか。


 この、意味もなくダラダラとベットの中で過ごす時間が最高に無駄で気持ちいいのだ。とか思いつつ、昼のことを思い出すと、身体が震えた。


「絶対ルルーナをガチギレさせないようにしよ」


 あの時のルルーナはガチでヤバかった。正直身体から漏れ出した魔力に当てられて気絶しそうだったし。本人も怖すぎでしょ。あんな虐殺、実質魔王やん!


 などと、俺が自分の意志を捻じ曲げてでもルルーナの機嫌は取っとかないと……と失礼なことを考えていると、部屋の扉が開く。

 誰かな、と思いそちらを見ると、美しい金髪を腰まで伸ばしたエルフ――ルルーナがによによしながら部屋に入り、俺と目が合った。


「こんばんは。今日も身体を拭きに来ましたわ……むふふ……あ」


「……きもっ」


「〜〜ぁっ!」


 彼女のご機嫌取りをしようと考えた側から本音がポロリしてしまい流石に焦ったが、俺は彼女の様子を見て大事なことを思い出した。

 そう言えばこいつ。ドMだった。

 ルルーナは顔を真っ赤にして目をギュッと瞑り、股間を抑えてへたりこむのだった。 





 翌日、俺はメイド長ことサクから「三日も寝込んでたんですから今日はお休みです」と予想の倍寝てたことと普段では考えられないほど優しい言葉を貰ったことのダブルパンチに驚かされていた。

 表情に出ていたのか、サクはじとっ、と俺を見つめる、


「……なんですか。私だって流石に重傷を負った怪我人を無理矢理働かせたらはしませんよ。鬼じゃありませんし」


「いや鬼だろ」


 流石メイド長、お優しい。


「もう一回ハリネズミになりたいようですね!?」


「すんませんーー!」


 本音と建前が逆になってしまっていたらしい。

 いつもならナイフが飛んでくるのだが、今日は怪我人相手ということで気を遣っているのだろうか、ナイフを見せるだけで済んだ。

 良かった! 


「……私も、あなたが命を賭けてお嬢様を守ったことは感謝しているんですから」


「え? なに?」


「なんでもありませんっ!」


 ナイフは投げなくなったとはいえ、やっぱり怒りはするようである。

 サクは気を取り直すように咳払いする。


「こほん。イチヤ。あなたの身体はまだ完治していないのは理解してますよね?」


「ああはい。流石に包帯でぐるぐる巻にされてりゃバカでもわかりますよ」


 軽口を叩いてみるが、サクの表情は浮かない。

 まあ、その理由はなんとなく想像が付く。


「肉体的にもそうですね。そしてあなたは今、魔力線にも損傷を負っています」


「……やっぱりか」


 魔力線とは、簡単に説明すると体内の魔力が循環する血管のようなものである。これが切れると魔力が循環しなくなり、体外に垂れ流しになる。つまり、魔法が使えなくなるということだ。

 ルルーナを守った時に、なんとなくそれは感じていたことではあった。実際、回復魔法が使えなかったわけであるから、それは確信めいたものではあったが。


「はい。医者の見立てだと、全治一月ほどかと」


「うへえ……」


 この屋敷の仕事をある程度魔法を使って終わらせていたこともあるため、その事実を面と向かって言われるのは意外とクるものがある。

 ……てか、俺メイド長に魔法使えること言ったっけ?


「お嬢様にお聞きしました」


「あの、ナチュラルに心読むのやめてください」


 サクは楽しそうに笑みを浮かべる。


「まあそもそも。実際、あなたにおしつけ……割り振っていた仕事量は、魔法を使わずに時間内に終わらせることなどできる量ではありませんので、私たちメイドも薄々感づいてはいましたが」


 ねえ今押し付けたって言おうとしたよね!?

 サイテーだ!


「人のことをなんだと――」


「あなたは奴隷ですから何も問題ありません」


「あ、はい」


 俺がこのメイドに勝てる日はまだまだ来なさそうである。

 まあ、それは別に良いとして、この先一ヶ月間、どうやって自衛するかに俺は一抹の不安を覚えるのだった。

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