第5話俺とエルフの少女の過去

 翌日、メイド長から長々と注意点や嫌味を言われた後、俺はルルーナと一緒に街へと繰り出した。


「……まるでデートみたいですわ」


「え? なんか言った?」


「いい引き立て役、と言いましたわ」


 目深なフードで顔を隠して、町娘風の格好に着替えたルルーナは嫌味を言いながらも俺にぴたっとくっついている。


「……そうですかい」


 たぶん、ここで強めに返せばまた発情しそうなので俺は適当に返事するだけに留める。

 それよりも、俺をつけ狙う刺客に気をつけなければならない。


「ふっ!」


 ルルーナ目掛けて投げつけられた短剣を、魔法で消し去る。投げてきた刺客を睨みつけると、そいつは慌てて姿を消す。

 まあ、ルルーナを消せばこそこそせずに俺を奪えるからな。

 犯人がばれても、俺を欲しがっている連中はそれぞれが相当な戦力を持っているので、戦争は望むところなのだろう。

 つまり、ご主人様が死ねば世の中は戦争待ったなしというわけだ。ふざけんな。


「……? どうかした?」


 ルルーナはその襲撃に気づかず、不思議そうに俺を見上げている。

 彼女は俺が魔法を使えることを知っているが、怖がらせないのが一番だ。黙っておく。


「いや、この街も変わってないところがあるな、と思ってな」


 俺はその後、こっそりと何度も襲撃を回避して、森の中にある広場までやってきた。


「なんで危ないって言ってんのに人目のないところに行くんだよ!?」


 あほなのか?


「いいじゃない。ここは私たちの思い出の場所なんだから」


「……まあ、たしかにそうだけどなあ」


 ルルーナはいつになく本気の顔で俺に訴えてくる。

 この広場は、俺とルルーナが昔いつも遊んでいた隠れスポットなのだ。


 小さな頃、親によって婚約を結ばれていた俺は、親睦を深めるという名目でエルクライナ家に数ヶ月滞在させられていた。

 幼少期のルルーナは笑わない姫として有名で、正直俺はこんなめんどくさそうな人と結婚しなきゃいけないのかと辟易していたのだ。


「……ねえ、なんで婚約を破棄したの?」


「俺の家が財政的な危機だったからだって言ってるじゃん」


「私の家に頼れば援助できました」


「親の体裁とかあったんだろ。知らん」


「……本当に私は悲しかったんですよ。婚約破棄になって」


 フードから見える顔は悲痛に歪んでいた。

 俺は、ルルーナの表情を見て、その当時を思い出した。






「えぇっ婚約!? やだよ知らない人となんか」


 普通の恋愛ができると思っていた俺は、政略結婚というものに酷い嫌悪感を抱いていた。

 前世の記憶がある俺としては、尚更貴族のそれは好きではなかった。


「まあそう言うな。相手は――」


 親父から相手は笑わない姫として有名な、エルフのエルクライナ家の娘であることが知らされたときほど俺は将来のことを憂いたことはないだろう。

 冷め切った夫婦関係や、それによる不和、なにより楽しくないだろうと言った不安が俺の中に渦巻いていた。

 俺は全力で拒否する。


「家のためだと思って、頼む」


 俺がまだ子供だからバレてないと思っているのか知らないが、親父の浪費のせいで家が傾きかけているの知ってるからな。

 そんなダメ親父の尻拭いをなぜ俺がしなきゃいけないのか。

 必死の抵抗も虚しく、俺は親睦を深めるという名目でエルクライナ家へと送られた。



「よくぞおいでくださいました、イチヤ様」


 当時は、ルルーナの婚約者ということで、エルクライナ家から手厚く招かれていた。

 そして、いくつかの手続きを済ませたあと、幼いルルーナと対面したのだ。


「……あなたが私の婚約者かしら?」


 ルルーナの部屋に招かれた俺は、今より少し幼い姿のルルーナを見て、わずかに顔を顰める。

 エルフの中でも抜群に整った顔はとてつもない造形美を感じさせたが、その碧眼だけが違和感を感じさせたのだ。

 碧い瞳に映るのは寂寥感。そしてどこか諦観しているようにも感じる。

 俺は、その瞳にわずかに怒りを感じたのだ。彼女をそうさせた原因に。

 だが、俺は彼女と結婚したいわけではない。

 婚約破棄させるためには、相手から嫌われることが一番である。

 よって俺は相手の心にずかずかと踏み込むことにした。


「……どうして、そんなに寂しそうなんだ?」


 ルルーナは、驚いたようにハッと目を見開く。

 そして、少し逡巡したあとに、睨みつけるようにこう言った。


「……あなた、嫌いだわ」


 俺とルルーナの出会いは、恐らく最悪の形だった。


 そのあとは、食事なども一緒に食べたが無言が続いた。

 その様子を見てメイド達は何を思ったのか、二人で外に出ることを勧めてきたのだ。


 そうして二人だけで来たのがこの広場である。

 この広場は街から少し離れたところにあり、ほとんど森の中と言っても過言ではない。

 そんな自然豊かな場所で、仲の悪い二人は一緒に遊ぶこともなく、ただ木の下に座っているだけだった。

 ただ、流石の俺も二人っきりでの長時間の沈黙は辛かった。


「……なあ、ルルーナって何歳痛え!?」


「淑女に年齢を聞くなんて最低ですわ。ヒューマンの低脳ぶりが知れますわ」


 俺の頭を叩いたルルーナは、ぷいとそっぽを向く。

 順調に高感度が下がっているぞー。

 なんて内心ほくそ笑んでいると、空気が一気に引き締まる。

 グルル、という鳴き声と共に赤く光る目が森に浮かぶ。

 俺がチラリとそちらを見ると、身体に古傷をたくさんこさえた巨大な熊が俺たちを捕捉していた。魔熊である。

 しかしこれは……


「あなた、助けて欲しかったら誓いなさい。明日には荷物まとめて帰るって」


 ルルーナは余裕そうな表情で魔熊を見ている。

 なんか楽勝な雰囲気出してるしエルフだし心配ないか。


「おーけー」


 向こうから帰れと言われているんだ、帰るしかなかろう!

 ルルーナは俺の返事を聞くと、ふんと鼻を鳴らして詠唱を始めた。


「大気に散りばむ風の精よ、我に力を貸したまえ――」


 一方魔熊も黙ってはいられないと、身体強化を使ってルルーナへと突進を繰り出す。


「『ウィンドブラスト』ッ!」


 長々と詠唱してようやく発動した魔法は一直線に魔熊へと向かっていき、直撃して爆発が巻き起こる。


「ふん、こんなものですわ――えっ」


 煙を突き破って、さらに速度を上げて突進してくる魔熊にルルーナは驚愕し、そして腰を抜かした。


「な、なんで……っ」


 あの詠唱速度では、今から魔法を組んでも間に合わないだろう。

 流石に死なれては後味が悪いので、助けに入ろうと魔法を使おうとしたとき。


「に、逃げなさいッ!」


 声の主は、地面にへたり込んで、失禁までしてしまっているエルフだった。

 自らが命の危機に瀕しているなかで、嫌っている俺に声をかけたのだ。

 彼女の印象がガラリと変わってしまった。

 それと同時に、いくら結婚したくないからといって彼女を傷付けることを厭わなかった俺を恥じた。


「悪いけど、それは無理だわ」


 身体強化で加速した俺は、もはや間近まで迫っていた熊とルルーナの間に割って入り、その突進を受け止め、そのあと適当にぶっ殺した。


「なあ、いつまで泣いてるんだよ……」


「だって、だってぇ……!」


 よっぽどあの熊が怖かったらしい。

 わんわん泣き喚くルルーナである。

 まあ、普通の魔熊ならルルーナの魔法でも倒せていただろう。だが、不運なことにあれは変異種である。

 変異種は通常のものより数段生物としての格が上がるため、常識外れの強さとなるのだ。

 ルルーナにとって、未知の強さを誇るものとの対峙は相当な恐怖だったのだろう。


「ほら、もう死んだから……」


 誰もいないとはいえ、ずっと泣かれていては体裁が悪い。

 あやすのもめんどくさくなってきたので、半ば強引に笑わすことにする。


「はい、こちょこちょこちょー」


「うぇぇん――はひっ!? ううっ、あっはっは!」


 脇に手を突っ込んでくすぐると、ルルーナは目を腫らしながらも大きな声で笑う。

 そういえば、数日一緒にいたがルルーナの笑顔を見るのは初めてな気がする。

 泣き止んだので手を止め、安心させるべく抱えるようにして木にもたれかかると、ルルーナは泣き疲れたのか眠ってしまったらしい。


「……魔法、使っちゃったなあ」


 有名になってもろくなことはないのは身をもって知っているため、俺はため息を吐く。

 しかし俺の暗い気持ちとは相反して、空は青く澄み渡っていた。





「まあ、あなた今私の奴隷だし、結婚なんて余裕ですわよねー」


「おまえ……」


 この場所に来たときだけ、素直なルルーナになる理由がわからないが、彼女の自分勝手な言い分に俺はあきれ返るのだった。


 そのわずかな油断を狙って、ルルーナへと無数の投擲物が殺到した。

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