第3話はじめてのおつかい

「それでは、あなたには雑務をやってもらいます」


 翌日、俺は朝早くからメイドに叩き起こされ、半分寝てるような状態でそう告げられた。


「えー」


 俺がぶつくさ言うと、大人の色気があるメイドはその端正な顔をひくつかせる。


「……奴隷の分際で文句を言わないでください」


「はい。すんません」


 射殺すような目に、俺はなんのためらいもなく頭を下げた。


「まあいいです。では……まあ初日ですし、最初は窓拭き、床掃除、ゴミ捨て、洗濯物、買い物をしてください」


「うおぉ……」


 このメイドは平然と言っているが、この屋敷、貴族のものだけに相当に広いのだ。そして、広いということはそれだけ多くの人が住んでいるということであり、必然的にゴミや洗濯物、買い物は多くなる。


「あんた鬼か」


「あんたじゃありません。私はサク。メイド長です。今日の仕事が終わるまで、休憩はありませんからそのつもりでお願いします」


「いや、ちょ、メイド長! 慈悲をっ!」


 メイド長は掃除道具と、買い物のメモを置いて部屋から出て行った。


「……まあ、窓拭きと床掃除は最悪魔法使えばいいか……」


 しかし、洗濯物はまだ出ておらず、店も開いていないので、結局床掃除から取り掛かるのだった。

 そしてしばらく…


「やっとか……」


 朝早くから掃除をして、今はもう昼過ぎだ。

 おおっぴらに魔法を使えないことを考えると、早く終わった方だろう。


「買い物行くか」


 ついでに腹ごしらえもしよう。






 エルフの国の建造物は木造が多く、ここが異国の地だということを実感する。そして、耳の長い人が多く歩いているのも新鮮だ。


「ここか」


 いろんなお店を回る必要があるが、とりあえず最寄りの八百屋に入ろう。

 メモを渡された時、野菜一つ購入する場所を指定された気がするが、まあいい。

 金持ちなんだし野菜一個の値段の違いなんて気にしないだろう。

 と、最寄りの八百屋に入ろうとしたその時。


「どけ!」


「ど、泥棒ッ!」


 八百屋からエルフとは思えない大柄な男が俺の横を走り去っていき、遅れて恰幅の良いおばさんが追いかけるように俺の横を通り過ぎて――


「あんた、若いんだから捕まえてっ!」


「は? やだよ。俺になんの――ぶぅっ!?」


 俺の首を腕に巻き込み、男の逃げていった方向へぶん投げた。

 つんのめりそうになりながらもなんとか体勢を立て直した俺は、仕方なく人混みを蹴散らすように逃げていく男を追うことにした。



「全く、頼まれたのが可愛い女の子ならともかく、おばさんに恩売ってなんになるってんだよ。なあ?」


 ここは路地裏。壁を背にして警戒心を露わにする男に俺は問いかける。


「……これは返さねえぞ」


 俺の不気味さに相当怯えているようだが、抱えた盗品を返すつもりはないらしく、鋭い目つきで俺を睨んでくる。


「……盗むってことは何か事情があるんだろ」


 身なりは汚く、わずかに臭う。

 まあ、ありふれた家無しなんだろうが、俺を倒してやろう、という雰囲気は感じられない。

 その姿勢に、俺は少し盗んだ理由を知りたくなった。それに……。


「……金がねえし、腹が減ったから盗んだ。それだけだ」


 虚勢だ。視線がさまよい、挙動がわずかにおかしくなった。


「どうせ戦う気はないんだろ。逃げらんないし、言っちまえよ」


 すると、男は逡巡し、そして観念したのか口を開いた。


「娘が、高熱を出して、少しでも栄養のあるものを食べさせてやろうと……」


 悲痛な面持ちで語る男を前に、俺は内心溜息をつく。

 自分がいなくなったら娘の面倒を見る人がいなくなるから、俺に手が出せなかったのか。いや、性根がいい人なのかもな。

 流石に、娘のためとなると俺も盗品をタダで返せとは言いづらい。俺も鬼じゃないしな。


「はぁ……とりあえずそれ返しに行くぞ。お前の娘さんはなんとかしてやる」


 力を見せる事は控えてきたが、まあ一人二人に使うくらいなら大丈夫だろう。

 茫然とする男を強引に引っ張り、俺たちは八百屋へと向かった。


「おばさん。これ取り返してきたぞ」


「おばさん……?」


 とてつもなく低い声で問い返された俺は、その豹変ぶりにびびり上がった。


「お姉さん。これ取り返してきました」


 背後に鬼の幻影が見えた……。


「あの男は?」


「俺がこてんぱんにしときましたんで、もう来ないでしょう」


 嘘である。おばさん的にも、常識的にもここは男を連れてきてなんらかの謝罪をさせるべきなのだろうが、そんな茶番に付き合うの面倒くさいし、なによりそれで兵士でも呼ばれたら男の娘さんの面倒誰が見るんだって話になる。なお俺は見られない。

 ってなわけで男は八百屋の外で待機させてある。しているはずだ。


「ふーん……まあ、ありがとね。ま、お礼と言ってはなんだけど、それ、あんたにやるよ」


「あーざーます!」


 俺はついでにメモのものを買おうと思ったが、やめることにした。

 ホクホク顔で八百屋を出ると、男が心苦しそうな顔で話しかけてきた。


「本当にいいのか? 八百屋の人に俺を突き出さないで」


「うるせえ。お前の娘の面倒はお前が見ろ、あほ」


 ゴリゴリの野郎にそんな顔で見られても嬉しくねえよ。

 鬱陶しいのでさっさと終わらそう。

 男は、黙って俺の前を歩き出したのだった。




「ここだ」


 町の外れ、俺が十人手を回してようやく届くであろう太さの木の中に、家が存在していた。


「ただいま、パパが帰ってきたよ」


「おかえ――ゴホッゴホッ……!」


 ベットに寝かされた女の子は、一目でわかるほど痩せており、栄養不足なのがうかがえた。

 そして、ひどい熱を出している。相当辛かったに違いないが、それでも女の子はお父さんを見て、笑顔を見せている。


「……強い子だ」


 ある人物と比較して、この子の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと思う。


「だろ。しんどくて、辛いはずなのに俺の前では絶対に笑ってるんだ。……俺はそれが、悔しくて……!」


 むさいむさい。俺の肩持って泣くのマジでやめろ。

 だが、まあ、男の気持ちは理解できる。自分の無力感が憎いはずだ。


「まあ、見てな」


 俺は男の手をはたき落とし、少女の頭に手を触れる。


治療キュア、「回復ヒール


 俺の手が青と緑が混ざったようなに発光し、女の子の身体に浸透する。

 男は、その光景に目を見張っていた。


「……ま、これで大丈夫だろ。詳しい原因はわからんが、完治したはずだ」


 使える人はごく少数という回復魔法は意外と得意なのだが、医学に精通していないため原因はいつもわからないのだ。だからあんまり好きな魔法ではなかったりする。

 余談はさておき、男は慌てて駆け寄り、俺を突き飛ばして女の子に話しかける。おい。


「リリ、調子はどうだ?」


 じわりと浮かんでいた汗はなくなり、顔色もだいぶ良くなった少女は、はにかんだ。


「最高だよ……!」


 そこからは長かった。男は滂沱の涙を流して娘を絞め殺すかのように抱きつき、娘は嬉しそうに男をあやす。その光景が一時間は続いただろうか……時計を見れば十五分しか経ってなかった。


「……なあ」


「うおおおおおん!」


「なあ!」


「リリぃぃぃぃ!」


「おいてめえ! 無視すんなっ!」


「パパ、お兄ちゃんが!」


「うおぉぉ……あ? あぁ悪い、なんだ?」


 呆れて言葉も出ない。

 だがまあ、今回はたまたま助かったが、今後この親子が苦しむことは間違いない。

 俺の身の危険を感じるが、仕方ない。


「端金だけど、くれてやる。これで、あとはなんとかして娘さんを幸せにしな」


 メイド長が俺に渡した買い物代、それを全て男に渡す。


「お前……!」


「……まあ、なんだ。色々大変だろうが、頑張れよ、鬼」


 目を見開き、そして感謝の言葉を告げる男と、その娘の額には、立派なツノが生えていた。

 彼らは魔族。魔族の住まう土地以外では虐げられ、差別される存在。


「……ほんと、しょーもないなあ」


 俺はぽつりと言葉を溢した。

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