第22話

「彼か、我が弟と言うのは」


戦後、父が足繁く通っていたという屋敷に着く。

父が侍らせていた女の一人が産んだ子。


彼が産まれたことが、父が私を反乱に誘わなかった一つの要因でもあると聞いた。

目元が父に似ている、血の繋がりがあることを確信した。


「子を産んだら贅沢させてくれる、って約束したのに……あの嘘つき! 」


異母弟と会わせてくれたものの、私の事を良く思っているわけではないらしく。

父への怨み言と思しき言葉を、私に吐きかけてくる。


「贅沢とまでは行かぬが、あなたと子の生活については、私が代わりに保証しよう。

それで許してくれ 」


まだ口約束のみの話ではあるが、父の役職を私が受け継げと、主君から言われている。

給与もそれに応じたものが与えられる、二名を養うには充分な額だ。


「なによそれ、私に恩を売ってなんになるの?

それとも、あの人への罪滅ぼしのつもり? 」


「そうだな、主君を裏切ったとはいえ、父を殺した事実に違いはない。

私の自己満足の罪滅ぼしかもしれない 」


私が認めると思っていなかったのか、女は呆けた顔をしている。


「……張り合いが無いわね。

まるで、柳を力任せに殴ってる気分だわ 」


「それはあなたが怒りをぶつけたい相手が、本当は私じゃ無いからだ。

私への怒りでないものを、私が受けとる事は出来ない 」


女は、私の胸ぐらを掴む。


「見透かしたような事を言って……!」


私の瞳を覗いて、得心したのか膝をつく。


「なんで、死んじゃったのよ

バカ 」


男相手に物怖じしない精神性

それを見て私は、父がこの女を抱いた理由に、少しだけ納得が言った。



「師よ、剣徒けんとと試合をさせてください!

今度こそ、一本取って見せましょう!」


「なんの、私とて守高もりたか様を守護する精兵の一人!

まだまだ負けるつもりはございません!! 」


あれから、何年経ったのだろう?


我が国は四つの国を平定する勢力を示したが。

終張から始まった一大勢力に、戦わずして降伏し、今は元の一国を保証されるに留まった。


世間のものは、臆病者と謗るだろう。

だが元より、民が犠牲となることを良しとせず、已む無く起こした戦である。

終張おわりの織田は野望は大きくとも、外道ではない。


ならばこそ、無用な犠牲を出す必要はない。

主君のその英断を、私は誇りに思う。


私は武勲を認められて、澄礎ちょうそ家の指南役を任されるに至った。


20程離れた我が弟、剣徒。

それより更に幼い主君の子、守高様。

彼らは剣腕をメキメキと伸ばし、我が道場の次代の主柱となるに相応しい技量を身に付けてくれた。


剣を人を殺すのみに使わずに済む時代。

私があれほど望んだそれは、私の力に依らず訪れたのだ。


だが、それで良いのだ。

元より求めた理想を実現されたなら、それを誰が成したかは関係がないのだから。


「試合、始め!」


私の合図と共に、二人は構える。

その手に持つは、真剣に非ず。

さりとて、刃引きや木刀でもない。


その名を、袋竹刀と言う。

終張の剣士が考案し、瞬く間に全国に普及した道具だ。


「やあぁ~!」


裂帛の気合いと共に、繰り出される袈裟斬りの一手。

剣徒は踏み込みつつ、側面から叩いて下に落とす。

返す刀でガラ空きのこめかみを打つ。


防具があっても、木刀ならば致命になりかねない一撃。

けれども防具と竹刀が合わされば、痛みはあれど致命とはならぬ。


「また、私の勝ちのようですね」


「なんの、次こそは! 」


二回目の勝負が始まる。

今度は剣徒が、面を打ちに行く。


守高様は、それを受け止め鍔競り合いに持ち込む。

足元が疎かになった隙を突かれて、足払いで転がされた。

守高様は受け身を取り立ち上がろうとするも、立ち上がる直前に首元に竹刀が添えられる。


「参りました」


「剣徒は年季の差があります、技量に差があるのは仕方ありませぬ。

ですが、今後の鍛練次第で超えることも不可能ではありませぬ」


私が、父に打ち勝てたように。

その言葉は、胸に秘める。


父の子がもう一人、ここにはいる。

記憶はないだろうとはいえ、面白くもない話を聞かせる必要はない。


「兄上よ、剣才は守高様が上と仰せか! 」


「そうではない。

剣の技量は、時に剣才や努力以外の要素でも覆りうるのだ。


お前とて、いずれは私を超える剣技を身に付けられよう」


そう言って、弟の肩を叩く。


「本日より、お前に家督を譲り渡す。

この道場の主も、指南役の地位も、お前のものだ。

今後とも、その地位に負けぬよう励め」


剣徒は目を見開き、驚いた表情を見せる。


「そんな、待ってください!

私には、まだ兄上に学びたいことが! 」


「そうだぞ!

余に剣を教えられるのも、お前を置いて他に考えられぬ!! 」


このように引き留められると、後ろ髪を引かれる思いもあるが。

私がこれ以上留まると、かえって弟子の成長や、工夫の妨げとなる。

それだけは、避けなければ。


「いいや、剣徒。

お前には、我が剣の基礎も奥義も、全てを叩き込んだ。

私が教えられる事は何一つ残っていない」


私は、振り向かず玄関に向かう。


「守高様に置かれましては、申し訳ありませんが、必要なこと

これからは、剣徒を師として研鑽に励んで頂ければ」


さて、師として出来る、最後の助言をしなければ。


「佳き師は弟子を育て、佳き弟子はまた師を育てる。

お前達が一方的に教わったのではない、私もまた、お前達から多くを学んだのだ。

お前達が弟子を持つときにも、弟子から学ぶことを忘れるな」


草履を履いて、外に出る。

最後に、一言。


「師としての喜びを知ることができて、私は果報者だったよ 」


二度と扉を潜らぬ覚悟を決めて、私は足早にその場を立ち去る。

背後から、追い掛けようとする者の気配もあったが、振り向かない。


景色が、何故かボヤけて見えた。

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