第21話

「父よ!

何故主君を裏切られた? 」


軍の前に立つ我が父に、私は呼び掛けていた。


「領民が他国から虐げられているにも関わらず、主君しゅくん澄礎ちょうその腰は重く兵を動かす気配さえない!

故に、俺が代わりにこの国の支配者となり、領民庇護の為兵を動かせるようにするのだ!」


父は、声高らかに宣言する。

それは、私や主君に対して言っているというより、自らが率いる軍に宣言しているように思えた。


「ならば、領民を虐げる隣国の力を借りたのは何故なにゆえか? 」


「大事の前の小事なり!

目的を確実に遂行する為なら、敵の力をも利用する度量が大名の器よ!」


主君の問いかけにも、この調子であった。


「愚息よ、何故お前がそちらにいる?

剣を教えてやった事、お前の育成に関わる諸費を出してやった恩を、忘れたのか? 」


「親子の恩義は忘れておりませぬ!

けれども、師や親が道を外れたなら、それを正すのが子の努めと私は思いまする!! 」


胸を張り、堂々と宣言した。


昔は嫌悪の対象だったが。

あの人も私の剣の師であった事実を、今は受け入れている。

認めているからこそ、私自身がけじめをつけるのが、筋というものだろう。


「我が師に、一騎討ちを所望する!

怖じ気付かぬなら、出てこられよ!! 」


戦が始まってしまえば、父は背後の方に隠れてしまう。

それでは、私が父と戦うことは難しい。

半ば駄目元で、一騎討ちの呼び掛けを行った。


「下らぬ。

戦場から逃げた臆病者一匹、斬ってなんの益になる? 」


父は嘲笑し、地に唾を吐き捨てた。

それを見ていた主君が、大声で口を挟む。


「大山の!

息子に勝てたなら、お前に国を譲り渡そうぞ!! 」


「なりませぬ、澄礎様!」


重臣達が、主君の口を抑えようとするが。

それで止まるお人ではなかった。


「……澄礎よ、二言はないか?」


「約束は破らぬ!

こやつらにも手出しはさせぬと誓おう!


約束した、させてしまった。

このお方は、あまり面識の無い私に、何故ここまでの事をしてくださるのか?


理解が及ばぬ私は、何と言って良いものか迷う。


「その言の葉確かに聞き届けたぞ。

愚息との一騎討ち、しかと承った」


軍を損耗せず国が手に入るなら、理想の展開。

ましてや、相手は戦場から離れて久しい侍一匹。

これで乗らぬなら、元より大名は愚か将の器でさえないだろう。


「大山の子、勝つと分かっておるのだろう?

ならば、考え込むな。

行ってこい」


主君の言葉が、私の中にズッシリと浸透していく。

父と私は、両軍の真ん中に歩み進んでいく。


「よろしくお願いします」


「甘いわ! 」


剣の届かぬ距離で、一礼する。

その隙を見逃す父ではないと分かっていた。


剣の届かぬ間合いとはいえ、そこから使える手は幾らでもある。

まず足で砂を蹴り上げ、こちらの視界を潰しにきた。

此方は風下であるため、用意に砂粒は届いてきた。


剛剣一閃、狙いはこちらの首筋。

喉輪と面当ての隙間に、刃を通そうとしている。

目を瞑った為に視界は無くなったが、音によりその動きはいた。


私はその横薙ぎの剣撃を、しゃがんでかわす。

その動作と平行して抜刀し、下から肘の裏を狙って振り上げる。


全てが一呼吸で行われた、万全の返し技であったが。

かわされたとみるや、渾身の横薙ぎを中断し、柄を使って逸らしてきた。


私にはあまり見せようとしなかったが。

やはり、基本に裏打ちされた、精妙な剣技の使い手であった。


「バカな。

それほどの技量、如何にして身に付けた! 」


そのまま、柄と腕で我が剣を挟み込み、動きを封じようとしてきたので。

その前に剣を引き、逃れる。


低い体勢のままなので、立て直すべく距離を取る……と、見せ掛ける。


「国境の庵にて、天狗を名乗る童に学んだ! 」


「戯れ言を! 」


父が、ひたすらに上から剣を叩き込んでくる。

どれもが、装甲の隙間を狙う正確無比の軌道。

私は必死に受け、或いは捌く。


慎重な攻めから見て、距離を取ろうとしたのは振りであると見抜かれているらしい。

その上で、有利な間合いと体勢を維持することを優先したようだ。


強引に攻めてきたならば、その隙を突けたが、そう簡単にいく敵では無いか。


渾身の撃ち込みを、中取りの体勢で受け止める。

父は腰を使って押し込み、潰そうとしてきた。


私は、膝を抜き力を抜くことで、その力を地面に流した。


以前に、天狗と学んだ型。

それが、父との一戦で活かされた事に、歓喜の震えが生じた。


流されたと見るや、即座に脛を蹴りにきた。

弁慶でさえなく急所、未だ上から剣で圧されており、足を上げてかわすのは不可能。


敢えて覚悟し、それを受ける。

痛みに足が痺れるが、動けなくなる程ではない。

足が上がり圧が弱った隙を突き、脱出する。


間合いを取り直し、再び構え直す。

攻めてくるかと思いきや、その様子はない。


こちらから斬り込む。

父は鍔で受け、鍔競り合いに持ち込む……

と見せかけて、拍子を外しながら鍔を目に打ち込んでくる返し技。


私は、しゃがみこみ額で受ける。

打ち上げた動きを、溜めとして用いての振り下ろしが来る。

私は、それを鍔で受け止め、鍔競り合いに持ち込んだ。


「大口を叩いていたが、結局のところお前は幾らか攻撃を喰らっているぞ

勝負は見えたな! 」


言葉の最後に、頭突きを仕掛けてくるが、私はそれを半身になって透かした。


父は、受け身を取り追撃を警戒するが、私は敢えて立ったまま待ち構える。


「俺の教えを忘れたか?

勝機を失ったぞ、愚か者め!」


「そうではありません。

あなたの教えが間違っていることを、剣のやり取りの中で証明しようとしているのです」


私は、わざと隙を晒しながら父に近寄る。

父は、大きく後ろに飛び退いた。


「やはり、あなたは相手の真っ向勝負を避けている。

故に追い詰められると、卑怯の技のみに頼るようになる。

私に打ち込む好機を自ら捨てたのが、何よりの証左! 」


「黙れ!

今のは少し、警戒が過ぎただけの事! 」


父が、鋭い突きを放ってくる。

側面に鎬を当てて流すが、呼吸音の妙な違和感に気付き、首を振る。

耳元を、針が飛んでいく音が聞こえた。


「今のもそうだ。

あなたはそれだけの腕前がありながら、剣に信を置いていない。

真っ向勝負を行う勇気があった上で、このような手を使っていたなら、こうも容易くは無かった! 」


父が屈辱に顔を歪めたのが、面頬の上からでも察せられた。

歯軋りの音が聞こえたからだ。


「既に勝ったかのような口振りだな?

まだ勝負はついていないぞ! 」


「自ら攻めの手を縛る臆病者を、何故怖がる必要がありましょうか?

自由とは程遠い、窮屈きゅうくつな剣ですね 」


会話しながらも、剣の交錯が続いていく。

段々と流れが、こちらに優勢となっていく。


「攻めの手を縛っているのは、貴様とて同じこと!

貴様のいう卑怯の手を禁じて、真っ向勝負しかしてこないのだからなぁ!! 」


父の蹴りをかわしながら、足を取ってすくい投げる。


「いいえ、使うと私に不利なので、使わないだけのこと。

必要があれば、このように」


剣の技しか使わなかった私が、柔の技を用いた事に面食らったらしく。

父は、信じられないといった態度を、身体で現していた。


「ならば、何故斬らぬ!

私に恥をかかせるのか? 」


「剣を殺しの為だけに使いたくないと、昔言ったはず。

降伏してください、今までの功績を鑑みれば、死罪は免れるでしょう」


降伏を勧告した。

これは、私のみの意思ではなく、主君の願いでもあった。


この国に尽力した臣下を、生かして救いたいと。


けれども、その願いは叶わなかった。


「甘いわ! 」


不意討ちに、斬り上げを放ってきた。

この戦いで初めての、純粋な剣による攻撃だった。

私はそれを迎え打って落とし、反動を利用して鎧のを叩く。


残心を取って、間合いを取る。


「何がしたい?

鎧の上からでも、芯を叩けば衝撃はあるが、さりとて一撃で戦闘不能になるわけが……」


父は、憤りながら私に質問していたが、気が付いたのか自身の胴体を確認する。

拭き取った手に、ベットリと血がついていた。


「我が剣の奥義、自在兜断じざいかぶとだち

あなたの得意技より、学んだ一手です


父は、鎧の隙間を徹す緻密な剣を得意としていたが。

本命は、それを囮に動きが鈍った相手に対して打つ、剛力による防具ごと断ち割る一撃である。


力と技を両立する父の剣の事を尊敬していたが、さりとて私は父に比すれば非力だ。

そのままに、同じ技を再現することは出来なかった。


だから、敵の剣の勢いを借りつつ、厚い装甲の中で最も脆い一点を精確に狙う返し技とすることで、これを実現した。


「父よ

人としては嫌いでしたが、あなたの剣技は尊敬しておりました。

故に、この一撃はせめての慈悲と心得頂ければ 」


「ふん、お前が俺の出世の妨げとなるという予言は、この事だったか。

全く、運命を決める神とやらは、何と性格の悪いことか…… 」


父は、血に膝をついて倒れる。

私は、遺骸を背負って主君の元に戻る。


将を失った兵達は、少しの小競り合いの後、降伏した。



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