第20話

「あの方、もう四日もあの調子らしいぞ」


「さては、精神を病まれたか? 」


近くの兵士達が、ひそひそ話をするのが耳に入る。

集落が襲われたあの日、気が付けば私は城の客間で寝かされていた。


隣国侵略の報告をした後、城主に許可を得て。

城門が見える部屋を借り、ずっとそこを見ていた。


天狗は生きている。

そう信じたかったからだ。


きっと、あの地平の向こうから馬を走らせて。

庇護を求めに来るはずなんだ。


そう信じたかったが、やって来たのは隣国の兵士達であった。


城の前に陣取り、こちらを威圧している。

それでも私は、何もする気が起きなかった。


とは言え、隣国が攻めてきた理由について、耳に入ったので理解していた。


先代領主、高野こうの賢人けんとが死亡し、後を継いだ息子が暗君の類いで。

巳好と共謀し、摂鎖の国を両側から攻める算段らしい。


6日目、10年振りに主君に会った。

隣国の兵を迎え撃つため、援軍として入城してきたのだ。


父は、巳好の兵を迎え撃つため、反対側の国境に向かったそうだ。


「大山の子よ、お前にも再び剣を振るってはもらえないか?

お主がいれば、安泰だ」


謁見し、最初にかけられた言葉がそれだった。


「戦より遠ざかりしこの身で良ければ、この命お役立てください 」


私のこの言葉は、主君の命令だから、というだけの動機ではなかった。

私が剣を振るわねば、失われるのは罪無き民の命。

それを、あの集落の戦いで嫌というほど理解したからだ。


「お主の手を見せよ」


言われるまま、掌を主君に見せる。


「やはり、マメが出来、皮が厚い。

ずっと剣を振っておったのだな」


主君は、私の掌を撫でる。


「 連れてきた直属の兵の指揮

その一部を分けて、お主に任せるぞ 」



主君直属の精兵。

その指揮という大任を、いきなり背負わされてしまった。


「他に経験のある将もおられるはず。

何故なにゆえ私なのですか? 」


「適材適所よ。

それに、全体の指揮はここの城主が行う。

そこまで気負わずとも良い 」


決定事項であるらしい。

その意思を覆すことはできぬ、と判断した私は、その任を請け負う事を約束した。


慣れぬ仕事だが、これも民を守るためだ。

懸命にこなしてみせよう。




戦は防衛戦の形となった。

こちらの城を攻める敵兵に向けて、矢をいかけ、石を落とす。


敵兵の分布を見抜き、人員が必要な場所に直ぐ様配置する。


敵兵の勢いは凄まじい物であったが。

城の守りは硬く、敵は徒に兵を消耗しているだけに見えた。


「此度の戦、お前達はどう思う?」


軍儀にて、主君が我々に訪ねられた。


「敵は挟撃にてこちらの戦力を分断している。

あちらの戦の趨勢次第では、こちらに戦力が追加されるかも。

敵はそう考えて、決着を焦っておるように見えます」


城主、安芸某が答える。

他の家臣団も、同様の意見であった。


「それは事実であろうな。

では大山の、お前はどう見る?」


主君に名指しで意見を求められた。

答えぬ訳にはいくまい。


「決着の焦りは、同様の意見にございます。

ただし、無策という訳ではないでしょう。

夜陰に乗じて、この城の守り最も堅き場所を攻めに来るでしょう 」


「戦の経験少なきお前が、浅き知恵で物を語るな!

敵が幾ら暗君でも、そのような兵を消耗する愚行はすまい!! 」


老臣の一人より、反発があった。


「いや、案外正解かもしれん。

城の守りの薄い場所を攻めるは常道、なれどもそこは誘い込みの罠道わなみち

人員をそこに集中するゆえ、堅き場所こそかえって隙が出来る。」


城主が、私の意見に賛同してくれた。


「此方は鵯越の逆落としを食らおうとしている、という事だな?

なれば、それはいつ来る?」


「今夜かと」


それを前提に、敵の攻めが一度引いた後、堅き場所に兵を動かす算段が決まった。


夕刻、見回る私の直感に引っ掛かるものがあった。

圧し殺された気配、人目をはばかりつつ移動しているように感じられる。


策が看破されたことを、報告しにいこうとしているのだろう。

だが、素波の里で老婆の陰形を見た私には。

その動きは、少しばかり未熟に思えた。


「投降するなら、命は奪わぬ」


声をかける。

案の定、音を消した駆け足で逃げようとしている。

同時に、撒き菱による足止めを試みている。


私は敵の逃げ足より先に動き出していた為、最初の一歩目を踏ませる前に当て身を喰らわせる。

殺す訳にはいかぬ。

他の間諜の事等ことなど、話して貰わねばならぬことは幾らでもあるのだからな。


夜更け過ぎ

やはり夜陰に乗じて、城の最も堅き場所から攻め入ってきた。


予め待ち構えていた我々は、各々がやるべき事をひたすらに果たし、敵を倒していった。

軍とは数が多い、本陣の命令が前線に届くまでには時間がかかる。


ましてや夜の視界では、背後の本陣から前線の戦況は伺い難い。


撤退の命令が出るまでに、敵方の被害は甚大となった。

此方がたにも相応に被害はあったが、むしろ最初の想定より少なかったとさえ思われる。

暗君であれ、此度は退かせるより道はあるまい。


それ自体は正しかった。

あの報さえなければ、だが。


朝方、敵襲を撃退し受かれる城内。

戦勝気分で朝餉を取る、重臣達


寝耳に水の報告が、その雰囲気を打ち壊した。


「大山様、裏切りにございます!

兵を反転させ、この城に進軍しておりまする!! 」

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