第19話

「ところで、お前は戦場には出ぬのか? 」


ある時天狗が、そのように問うてきた。


「言ったはず、剣を殺しの道具としてのみ使うのは嫌だと。

それを避けるなら政や交渉の類いが必要だが、俺には向いていない。

戦場に出ても、父や周りの人間に、殺しの道具として利用されるだけよ」


「そうか、正しく己を分析出来ていることその物は、悪いことではないが……

それでは、剣を振る意味は意味はあるのか? 」


「……分からぬ」


天狗の問いに、私は答えられなかった。


「ならば、昔話をしよう。

堕落者である俺が語るのも筋違いだが、釈尊の話だ」


天狗はいつになく、強く鋭い目で私を見ていた。

私は、自然と姿勢を正す。


「かつて釈尊が悟りを得たとき、世の人は理解できないからと、それを広めようとはしなかった。

しかしだ、梵天は三度このように言って、その意思を覆したという 」


続く言葉を待つ。


「全てのものが悟れる訳ではないが、教えを受けて悟れるものもいる。

だが彼らは、あなたの教えを受けなければ堕落してしまうだろう 」


なんだか、心にひどく痛みが走った。


「いかなる理想も、崇高な教えも。

行動し社会に関わらねば、誰にも知られることはないし、何かを変えることも出来ない」


天狗は、剣を地に刺して語る。


「お前は、剣を生死に使わぬで済む未来を望んでいるのだろう?

お前が動かねば、そのような未来を作ろうと賛同し動く人は、現れる筈がない」


正論であった、反論の余地が無いほどに。


「少し、心の整理をさせてくれ…… 」


私は、そのように言った。

けれども、時代は待ってはくれなかったのだ。


「……話の途中だが、あれを見ろ。

国境の向こうだが、明らかに軍が組まれているぞ 」


遠目だが、隣国の兵に違いなかった。

元より国境の監視・異変の察知が、我が任であった。

しかしだ、友好国であったはずだ……


私は天狗と頷きあって、急いで集落へと向かった。


「急いでここを離れ、一番近い城に庇護を頼め。

隣国が兵を動かした! 」


可能な限り早く駆け付け、村の者に声をかけた。

彼らも命は大事、想定より早く動き、逃げる準備を終わらせていたのだが……


それでも、間に合わなかった。


少数ゆえ迅速な斥候兵が、この集落を発見したのだ。

発見直後、一名が報告の為か、直ぐ様反転し馬を走らせる。


そして、残りの者達が、部隊を分けて民を阻む。

略奪を行うつもりなのは、明白だった。


私は、駆け寄り剣を抜き放ち、一名を斬り殺した。

頭は、戦闘行為に全ての力を注ぎ込み、最適化される。


民に声をかけていた為、天狗も私も既に発見されている。

その上で、戦闘可能な人間が二名であり、脅威でないと判断された。

それは、民を逃がさぬためとはいえ、ただでさえ少数の部隊を分けた事から推察できる。



けれども、比較的装備が整っている。

雑兵にしては、という程度ではあるが。


二人で斬り殺すには、時間がかかりすぎる。

終わる前に本隊が到着してしまうだろう。

そうなれば流石に、勝ち目はない。


故に包囲の一角を破り、村人の逃げ道を作る。


やることを定めてからの私は、迅速であったと思う。


仲間を殺された直後、近くにいた兵士がこちらに斬りかかってくる。

廻剣と呼ばれる技法により、一呼吸のうちに敵の太刀を流して斬り殺す。

即座に死んだ敵の体を蹴り飛ばし、敵兵の足止めとして用いる。


かつて海賊を相手にした時も、そうであったが。

多数を相手にする場合、足を止めてはならぬ。

常に集団の側面に回り込むように動きつつ、一人ずつ殺していく。


幸いにも今回は、天狗という心強い味方がいた。

互いに連携し、的を絞らせないように立ち回った結果、何とか道を確保する事には成功した。


「こちらへ走り逃げろ! 」


大声で指示を出しつつ、空いた穴を塞ぎに来た兵達に対処していく。

海賊と比べれば、練度も高い兵士たち。

個々の技量も、稀に高い者が混じっている。


その為、自らの身を守るので精一杯で。

村人達のなかで、足の悪いもの、子供らが斬り殺されるのを、歯噛みして見ていることしか出来ない。


例え達人であっても。

数に対して、個が成せることは、なんと小さいことか!


「落ち着け!

怒りは立ち回りを乱す、そうなれば数に呑まれて死ぬぞ!! 」


天狗の大喝に、頭に昇りかけた血を、辛うじて抑える。

そして、その血を腹に込めて、ひたすらに剣を振るった。


特徴的な臭いがする。

嫌な予感のした私は、背後に跳ぶ。

破裂音と共に、鼻の先スレスレを、丸い物が飛んできた感触があった。


「これは、火縄か! 」


話に聞いたことはあった。

外つ国より伝来した、最新の飛び道具。

武捨の鎧をも貫通し、人を殺す威力があるとか。


音のした先に、敵兵より奪った脇差しを投げつける。

断末魔の悲鳴が上がり、ついでに鉄の壊れる音もした。


一丁で良かった。

仮に、これが数十丁などあれば、対処のしようが無かったろうから。


生き残った村人が逃げ切り、斥候を全滅させても、休息は出来なかった。

大勢の人馬の足が地を揺らすのを、体が感じ取っていた。


間も無くこの場にやってくる。

このままでは、村民含めて我々は全滅するだろう。


「お前も逃げろ! 」


天狗が、そう叫んでいる。


「だが、走って逃げても、騎馬兵に追い付かれる!

それに天狗よ、お前はどうするのだ! 」


「俺が殿をしよう。

なに、お前達が逃げ切る時間くらいは稼いでやる 」


見過ごせない話だった。


「天狗より俺の方が歳上なのだから、若いお前の方が逃げるべきだ! 」


「人間よ、成したい理想があるのだろう?

このような所で、無駄死にするな!」


首筋に衝撃を感じた。

天狗の峰打ちが、私の首に入っていた。


「ま、て……」


薄れ行く意識のなかで、天狗の最後の言葉を聞いた気がした。


「お前の成長を、楽しみにしているぞ」


と。




「さて、手間をかけさせてくれたが、ちょうど良い機会だったかもしれぬな 」


俺が存在することで、かえって奴の成長の妨げになっていたかもしれん。

巧い具合に俺が死んだと思わせれば、奴が戦場に出る動機になるはずだ。


あれは、まだまだ伸びる。

こんなところで、死んでもらうわけにはいかないのだ。


アイツを峰打ちにて気絶させ、馬にくくりつけて逃がした。

出来の良い馬を選んだし、あれも運が良いやつだ。

追い付かれさえしなければ、無事にたどり着けるはず。


「性に合わぬ故、久方振りに使うが

どれ、このような物だったか? 」


地に、剣で呪文を刻んでいく。

近いものが遠くなる、敵を迷わせる術法だ。


さて暫く暴れてから、程ほどの所で離脱するとしよう。


さて、あれらはどれ程楽しませてくれるか?

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