第18話

私は、川辺を歩いていた。

剣を振る目的を失ったからだ。


まるで、今まで歩いてきた道が、いきなり崩れて宙に放り出されたかのように。

私の心は不安定になっている。


今まで剣は、私の一部であり、全てでもあった。

剣を振らない自分、剣と共に無い自分。

それを想像するのが、怖くて堪らなかった。


水面を見れば、私の腰には愛刀がある。

例えるなら、服を着ていることを普段は意識しないように。

刀が自身の体と馴染んでおり、全く違和感がなかった。


朝出るとき、無意識に帯びて来たのだろう。


刀を抜き、水面に投げ捨てようと試みる。

しかし、指が張り付いたように動かず、開く様子を見せない。


頭で考えていることに、体が抵抗している。

そんな事実に驚きながらも、どうしようもなく、その場に座り込む。


ヒュンッと風切り音が聞こえた。

私は、振り向きに合わせて抜刀し、中空のそれを叩き落とす。


見れば、小さな雪の玉であった。

既に春も半ばを過ぎ、雪は溶けた後だと言うのに。


「さっきまで、気と体がバラバラだったのに。

危険を察知すると、即座に一致するんじゃねぇ」


声をかけてきたのは、老婆であった。


「素波の頭領殿か。

この雪玉は一体? 」


「冬の間に、洞窟に運び込んだものです。

夏に物を冷やすのに重宝しますじゃ」


「いや、そうではなく!

いきなり、背後から投げ付けた理由を問うているのだ!! 」


私が怒鳴り付けるも、老婆はカラカラと笑うばかり。


「何がおかしい! 」


「失礼ながら、試そうと思ったんですじゃ

気の抜けたあなたが、どう動くのか」


再度問いかけて、返答らしきものが返ってきた。


「もし、剣を嫌っておる、捨てようと考えるお方なら、剣には頼らぬはず。

けれどもあなたは、剣を振られた」


老婆の言葉にハッと気づく。

私は察知した飛来物を、かわすでも当たるでもなく、剣で切り払ったではないか。


「私は、剣を辞めようとは思っていない? 」


「そうですじゃ。

本当はあなたに、剣を捨て我らの一員になるよう進言するつもりでした。

武家の方々は、気剣体の一致とやらを重視しておられるようですが、先程までのあなたは見事にバラバラでしたのでな 」


「今は、違うと言うのか? 」


「儂が先程雪玉を投げた瞬間、バラバラだったそれらが、見事に一致しましたとも」


老婆は、雪玉から一粒雪を取り出す。


「雪も、一つ一つは小さなもの。

それが一つ塊になることで、初めて大きな力を発揮できる。

自身の全てを一つの目的に捧げたのなら、それは大きな力となる」


老婆は、私の目を覗き込ながら言った。


「これからも、あなたは剣の道を邁進なされれば宜しいかと。

少なくとも、あなたの心はそれを望んでおられるように、儂には思えてなりませんじゃ」


私は、剣を鞘に納める。

確かに、そうだった。


確かに始まりは、父に認められたいとの思いだった。

けれども今は、純粋に剣を振ることが好きになっている。

剣と自分を分けて考えるのは、到底出来ないように感じられる。


「ありがとう、あなたのお陰で、再び自分の心が見えたようだ」


私は老婆に礼を言ってから、集落の方向に駆け出した。


老婆が何か言っていたように思うが、私には聞こえなかった。




「菜緒美によく似て、意思の強い子だこと。

孫はかわいいって、ほんまやねぇ」



「その目、意思が決まったようだな

少し早いが、答えを聞こうか」


薪割りを手伝っていた天狗が、私の目を見るなり、そのように言った。


「剣の無い私を想像できぬ、剣を振ることその物が好きだ。

故に私は、剣を捨てぬ」


「そうか、ならば長居は無用だろう。

挨拶をしたら、帰るぞ」


そういって、天狗は帰り支度を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る