第16話

摂鎖之国とさのくに重臣、大山 祟志の日誌より抜粋


冠勝かんしょう十年葉月より、大山 崇志が記す

日々の事、我が計画等の備忘録を目的とする。


我が家は、前の幕府の頃まで遡れば、素波の如き間諜を担う役目であったという。

たまさか先祖に剣才があり、予見の明があった。

故、前の幕府を見限り、今の幕府の始祖 鷹氏(たかうじ)につき、武家として取り立てられた。


私が見るに、今の幕府はもうダメだ。

遠からず、乱が起こる。

将軍家は権威を失墜し、支配圏も大きく損なうだろう。


なれば私も先祖に習い、次の時代に成り上がるための準備を、今のうちに進めておこうと考える。」


完勝かんしょう十一年じゅういちねん霜月しもつきに記す


剣術道場を開く策は、想定以上に効果があった。

綺麗事を言わぬ、実利の技を習えるとして評判になっている。

彼らに集団の訓練を施し、実践経験を積ませれば、他家に劣らぬ精兵となるだろう。


それに比べれば些細な事ではあるが、先月頃に妻を娶った。

今はそれどころでは無いというのに、あの頑固親父殿の命令だ、やむを得ない」


紋翔もんしょう元年がんねん、子が産まれた。

妻は、出産に耐えられず亡くなったらしい。

体が弱い女であったから、仕方無い。

それにしても、体の弱さと相反して、気の強い女でもあった。

家長たる俺に対して、よく口答えしてきたものだ。

いざいなくなられると、少々物足りない気もしてくる。


この国で名の通った、草薙だかの陰陽師に占わせたところ、『あなたの子は、あなたの出世を阻む運命にある』と出たという。


使用人どもが言うには、産まれたときに、一斉にカラスが飛び立ったとも聞く、なんとも不吉だ……


しかし、『彼に家を継がせたとき、子孫は最も繁栄する』とも言われてしまった。

予言が矛盾している気がする。

さりとて以前占わせた時には、内容がことごとく的中していたのも事実。


俺の種を継いだのもあれ一人、暫く新たな妻をめとる気にもなれぬ。

俺が出世しても、後を継ぐ者がいないでは意味がない。


暫くは様子を見るか」


「紋翔十年、俺の子が道場に通うようになってきた。

恐るべき剣才がある、マトモに教えれば数年で俺を超えてしまうだろう。


ならば、弟子どもの人望はアイツに向いてしまう!

俺の居場所はどこにもなくなる!


野望を叶えるには兵が必要だ、痛め付けて自ら辞めさせてしまうに限る 」


往刃おうにん元年がんねん神無月かんなづき、遂に乱が生じたらしい


気は熟した!

早速澄礎様に、隣国の討伐を進言した。


彼らは元々幕府の定めた税より多く徴税し、民からの信望薄いと聞く。

義を重んじる澄礎様ならば、動くだろうと考えていたのだが……いやに腰が重い


いや、焦る必要はない。

まだ幕府が瓦解して日が浅い、義を持って動くには少々機が早いとお考えかも。


それに、万が一でも、子に職務を譲られる日も近いはず。

今はまだ、絶好の時期を待つべき


それにしても、我が子は嫌にあの女に似てきている。

とても生意気だ。


先日も、剣の技を教えろ、等と抜かしていた。

戦場にそのようなもの必要なし!

お前などは、俺の言うことに素直に従っていればいいのに!! 」


「往刃2年如月、漸く澄礎様より命が下された。

盗賊の振りをして、我が国に侵入した隣国の兵を、討伐せよとの仰せだ。

これで証拠を掴めば、隣国を攻める大義名分が得られる!

澄礎様は、これが狙いだったのだろう。

焦って、逸った事をしなくて良かった。


それなりに女を抱いたが、未だ俺の子を成した者はいない。

種が薄いのかもしれぬ。


仮に他に子がいれば……と考えぬでもなかったが、これではやむを得ない。

家督はあれに譲る他無い」


「往刃2年……ええい、まどるっこしい!

以前より一月も経っていないわ!!


討伐その物は巧くいった、奴等から証拠となる物を見付け出すのも容易だろう。

だが、その名誉で帳消しに出来るか危うい、問題が発生してしまった!


我が息子が、よりによって主君に切腹させて欲しい、などと!

お陰で、他の重臣の幾人かは私を白眼視してくる始末

よもや、出世を阻むとはこの事か!


……いや、怒っても仕方無し

幸いにも、奴は辺境で面白くもない任務につくとか。


奴さえいなければ、私は内に何の障害もなく、手柄を立てていける!

まだ出世の道筋は途絶えていない! 」


「往刃十年、バカな!

あれより澄礎様は、隣国に対して何も動かれていない!

盗賊討伐をお命じになるのみだ


領民にも被害が出ているというのに、なぜこんなに腰が重い!

次の主君となるべき子は、私が指導している。

澄礎様が隠居さえしてくれれば、実権は私のものとなるのに……子が成人するまでは、ご自分で切り盛りなさるつもりのようだ。


そもそも、このままでは乱世も終わりかねない。

我が計画を進行させるには、現状を何とかせねば……」



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