第16話
「
日々の事、我が計画等の備忘録を目的とする。
我が家は、前の幕府の頃まで遡れば、素波の如き間諜を担う役目であったという。
たまさか先祖に剣才があり、予見の明があった。
故、前の幕府を見限り、今の幕府の始祖 鷹氏(たかうじ)につき、武家として取り立てられた。
私が見るに、今の幕府はもうダメだ。
遠からず、乱が起こる。
将軍家は権威を失墜し、支配圏も大きく損なうだろう。
なれば私も先祖に習い、次の時代に成り上がるための準備を、今のうちに進めておこうと考える。」
「
剣術道場を開く策は、想定以上に効果があった。
綺麗事を言わぬ、実利の技を習えるとして評判になっている。
彼らに集団の訓練を施し、実践経験を積ませれば、他家に劣らぬ精兵となるだろう。
それに比べれば些細な事ではあるが、先月頃に妻を娶った。
今はそれどころでは無いというのに、あの頑固親父殿の命令だ、やむを得ない」
「
妻は、出産に耐えられず亡くなったらしい。
体が弱い女であったから、仕方無い。
それにしても、体の弱さと相反して、気の強い女でもあった。
家長たる俺に対して、よく口答えしてきたものだ。
いざいなくなられると、少々物足りない気もしてくる。
この国で名の通った、草薙だかの陰陽師に占わせたところ、『あなたの子は、あなたの出世を阻む運命にある』と出たという。
使用人どもが言うには、産まれたときに、一斉にカラスが飛び立ったとも聞く、なんとも不吉だ……
しかし、『彼に家を継がせたとき、子孫は最も繁栄する』とも言われてしまった。
予言が矛盾している気がする。
さりとて以前占わせた時には、内容が
俺の種を継いだのもあれ一人、暫く新たな妻を
俺が出世しても、後を継ぐ者がいないでは意味がない。
暫くは様子を見るか」
「紋翔十年、俺の子が道場に通うようになってきた。
恐るべき剣才がある、マトモに教えれば数年で俺を超えてしまうだろう。
ならば、弟子どもの人望はアイツに向いてしまう!
俺の居場所はどこにもなくなる!
野望を叶えるには兵が必要だ、痛め付けて自ら辞めさせてしまうに限る 」
「
気は熟した!
早速澄礎様に、隣国の討伐を進言した。
彼らは元々幕府の定めた税より多く徴税し、民からの信望薄いと聞く。
義を重んじる澄礎様ならば、動くだろうと考えていたのだが……いやに腰が重い
いや、焦る必要はない。
まだ幕府が瓦解して日が浅い、義を持って動くには少々機が早いとお考えかも。
それに、万が一でも、子に職務を譲られる日も近いはず。
今はまだ、絶好の時期を待つべき
それにしても、我が子は嫌にあの女に似てきている。
とても生意気だ。
先日も、剣の技を教えろ、等と抜かしていた。
戦場にそのようなもの必要なし!
お前などは、俺の言うことに素直に従っていればいいのに!! 」
「往刃2年如月、漸く澄礎様より命が下された。
盗賊の振りをして、我が国に侵入した隣国の兵を、討伐せよとの仰せだ。
これで証拠を掴めば、隣国を攻める大義名分が得られる!
澄礎様は、これが狙いだったのだろう。
焦って、逸った事をしなくて良かった。
それなりに女を抱いたが、未だ俺の子を成した者はいない。
種が薄いのかもしれぬ。
仮に他に子がいれば……と考えぬでもなかったが、これではやむを得ない。
家督はあれに譲る他無い」
「往刃2年……ええい、まどるっこしい!
以前より一月も経っていないわ!!
討伐その物は巧くいった、奴等から証拠となる物を見付け出すのも容易だろう。
だが、その名誉で帳消しに出来るか危うい、問題が発生してしまった!
我が息子が、よりによって主君に切腹させて欲しい、などと!
お陰で、他の重臣の幾人かは私を白眼視してくる始末
よもや、出世を阻むとはこの事か!
……いや、怒っても仕方無し
幸いにも、奴は辺境で面白くもない任務につくとか。
奴さえいなければ、私は内に何の障害もなく、手柄を立てていける!
まだ出世の道筋は途絶えていない! 」
「往刃十年、バカな!
あれより澄礎様は、隣国に対して何も動かれていない!
盗賊討伐をお命じになるのみだ
領民にも被害が出ているというのに、なぜこんなに腰が重い!
次の主君となるべき子は、私が指導している。
澄礎様が隠居さえしてくれれば、実権は私のものとなるのに……子が成人するまでは、ご自分で切り盛りなさるつもりのようだ。
そもそも、このままでは乱世も終わりかねない。
我が計画を進行させるには、現状を何とかせねば……」
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