第13話

「少々お待ち頂きますじゃ

村長を呼んで来ますのでな 」


老婆は、私達に頭を下げると、家の中に入ろうとしてくる。


「そろそろ良いのではないですか?

からかいはその辺にして頂きたい 」


その背に向けて、天狗が声をかけている。


どういう意味だ?

そう思ったのも束の間、答えはすぐに分かった。


「ははぁ、バレてましたか。

若いのに、よう観察しとりますな」


海老のように腰を深く曲げたまま、老婆はこちらに向き直る。


「そちらの兄ちゃんは気付いて無いじゃろ?

儂が、村長ですよ 」


威厳や気迫と呼べる物を、一切感じぬ相手であった。

けれども、天狗や老婆の反応を見る限り、からかわれている訳ではないらしい。


「村長とは、普通最年長の男が行う物と思っておりました」


「いやね、ここは少~し特殊なんじゃよ

まあ、上がって上がって」


勧められたので、座って靴を脱ぐ。


老婆が床板を踏んだ瞬間、軋むような板音が鳴る。

忍び返し、とかいう奴だろう。


それにしても、だ。


忍び返しとは言え、不注意に鳴る板を踏んだ点。

明らかに隙だらけな所在。

とても、先程私に接近を気付かせ無かった人物と、同一の存在には見えなかった。


老婆は、白湯を入れてくれる。

飲むべきか少し迷ったが、天狗が気にせず口に含んでいたのを見て、私もそれに習う。


「安心してええ、お客様に出すものに毒なぞ入れんよ」


「……お前が警戒をすれば、相手にもそれは伝わる、と言ったろう?

内の警戒を捨てろとは言わん、あからさまな行動は取るな 」


静かな声で叱咤される。

飲む動作で、然り気無く口元を隠して、私にのみ届く声量で話していた。


「さて、こんな辺鄙な場所まで、何のようですかね?

儂らに出来る事なんて、たかが知れてますが 」


「我が父、大山 祟信の過去について、詳細を調べて貰いたい 」


私は、単刀直入に切り出した。


「この国の重臣の一人や無いですか

何で儂らに、そんなお方の事が調べられますやろか? 」


「白を切らなくて良い、あなた方は素波なのだろう?

調査の為の手練手管には詳しいはずだ 」


老婆は、心底不思議そうな顔をしている。


「儂らが?

まあ、例えそうだとしてもですじゃ

お味方の重臣の、痛くも無い腹なんぞ探られたことが知られたら、処罰を受けるのは我々ですしなぁ 」


正論であった。

とはいえ、ここで引き下がる訳にはいかない。


「そこを何とか!

私は、かねてより父に疎まれていたが、理由が分からぬ!

なんとしても、その理由を知りたいのだ」


正座をしたまま、深々と頭を下げる。


「困りますじゃ、お侍様に頭を下げさせてしまうなんて! 」


老婆は、身振り手振りで私に頭を上げるよう促してくる。


「このような物で良ければ、謝礼も用意してある」


懐から、金貨を取り出して、老婆に差し出す。


「相分かった、そこまで言うのであれば、若手のもんに調べさせよう 」


老婆は、私から金貨を受け取ると、懐にしまう。


「そん代わり、一つこの老いぼれの頼みを聞いてくれますかのう? 」


「私に可能なことであれば! 」


私は、承諾された事が嬉しくて、老婆の両手をギュッと握る。

隣で、天狗が険しい顔をしているのが見える。

……もしや、不味かったのだろうか?


「簡単なことですじゃ

儂の遊び相手を、してくれますかのう? 」


老婆は、ケラケラと笑ってから、白湯を啜った。



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