第12話

「天狗よ、見てくれ!

主君から、お褒めの文を頂けた!! 」


飛脚から文を貰い、中身を確認するや否や、私はいの一番に天狗の元に駆けつける。


「良かったじゃないか!

これで、城に戻っても文句は言われまい? 」


「そうかもしれないな 」


天狗も、嬉しそうに声をかけてくれたが、私の顔を見て怪訝な顔をする。


「どうした?

嬉しそうにはしておるが、何かそれ以上に気になる事があるような顔だぞ? 」


「気付いてくれるか。

主君からの文はあれども、父からの文が見当たらぬのだ 」


主君は多忙な方、文に目を通して貰えるまで時間がかかるのは、想定できたことだ。

幾ら重臣と言えど、父が主君より忙しいとは思い難い。


「なるほどなぁ……

聞けば、お前の父は昔より遠退けていた気配があるようではないか。

もしかすれば、お前を避ける何かしらの理由があるのではないか? 」


考えられない話ではない。

薄々は思っていたことだが、父の私への態度は、度が過ぎている。


与えられた屋敷がありながら、子と同じ屋敷に住まわぬこと。

稽古と仕事の時以外は、口も聞かぬこと。


それですら、他の者とは雑談も交わすのに、私には最低限の会話しかしないこと。


「そうかもしれぬ。

けれども私は、そう言ったことを調査するすべを知らぬ」


「俺も知らん。

何も、自分で全てをやってしまう必要は無かろう?

餅は餅屋、というやつよ」


言われてみれば、その通りであった。


「そういえば、素波とか乱波とかいう、他国の情勢を知る者に長けた者がいるとか。

彼らの技能であれば、私の知りたい事を知れるやも 」


「ならば、行ってみる事だな。

個人の頼みとはいえ、条件次第では動いてくれるやもしれんぞ」


その様な訳で、早速出掛けることにした。


無論、乱波素波というのは間者の類いだ。

大声で「我々はこのような者ですよ!」と喧伝して回っている筈も無し。


けれども、人の口に戸は建てられぬと言うやつで。

多少、「あの辺の集落が、そう言った者の集まりではないか?」という噂くらいはあるのだ。


父と私の過去という、手掛かりの掴めぬ物を探るよりは。

実態の存在する分、些か探りやすい相手ではあった。


集落の情報全てが、当たりという訳ではないだろう。

自らの所在を悟られぬよう、敢えて流された偽情報もあるはず。

故、気長に心当たりを探っていく腹積もりであったのだが……


「早速、当たりを引いたらしいな」


私は、集落に近付いてその確信を得た。


「ほう、気付いたか? 」


隣には、天狗も付いてきてくれている。


「少しばかり、周囲一帯に殺気のような物を感じる。

普通の集落には無い感触だ」


「隠し事のある人間は、他者への警戒が強くなる。

集落全てで隠し事をしているならば、それがこのように増幅されるものよ。

隠そうとする心が、返ってそれを暴きたてる原因となるとは、皮肉よな」


何でもない事のように天狗は語る。

私はその異様な雰囲気に、既に呑まれそうになっていた。

未だ、集落の入り口にすら立っていないというのに。


「空気に呑まれるな。

地の利のある場所とは、結界よ。

物理的な優位のみならず、精神的な優位をも奪い取り、交渉を有利に進めることが出来る」


天狗と私は、伸びた枝を潜りながら進む。


人の通る道にしては、えらく整備がされていない。

守るに易い道だが、生活には不便そうだ。


「ゆえに、せめて精神面では呑まれないように、呼吸を整えろ。

そうでなければ、対等な取引などままならん」


私は、深呼吸を何度かする。

少し、落ち着いたような気がする。


「それで良いのだ。

平常心を持ちつつ、緊張感を保つ。

戦場も、交渉ごとも、大まかにはそれがコツよ」


村の入り口に着く。

一見、何の変哲も無い村のように見える。


鍬を振るい田畑を耕し、子供達が風車を持って走り回る。


ただし、村人の肉体に尋常ならぬ鍛練が刻み込まれていることが、服の上からでも推察できた。

必ずしも戦闘の為の肉体ではない、しかしながら下手な武士より肉付きも良いかもしれぬ。


「おやまあ、お若い人がお二人も

こんな辺鄙な村に、何の用ですじゃ? 」


下から声が聞こえる。

首を向けてみると、腰の曲がった背の低い老婆が、目の前に立っていた。


目の前にいて、恐らく歩いて近付いてきたにも関わらず、話掛けられるまで存在に気が付けなかった。

その事を正しく認識出来たとき、背筋が凍りつき、額から汗がドッと吹き出る。


「村長に用がある。

一つ調査を頼みたい」


天狗は最初から気が付いていたのか、落ち着き払って、かつ直球に返答していた。


「あらあら、何か勘違いなされてませんかね?

会わせるのは良いですが、儂らはただの農民ですじゃ。

長も忙しい方ですんで、暫く待たせてまうかもしれませんけど、着いてきてくれますか」


老婆は、カラコロ笑うと、背を向けて歩き出した。


「痛っ」


思わず声を上げる。

天狗が、私の腕をつねっていた。


「緊張し過ぎだ、呑まれるなと言ったろう

彼らは敵ではない、要らぬ緊張は相手に不信感を与えかねないぞ 」


「ああ、すまない」


もう一度、深呼吸をしてから、私は老婆と天狗の後を追う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る