第11話

「大山さま、ご子息から手紙が届いております! 」


「燃やせ 」


摂鎖国セッサノクニ、大山屋敷。

大山 貴は、使用人にそのように命じた。


「そうは言わず、一度くらいは見て上げて頂いて良いのでは?

どうやら、海賊を一つ滅ぼされてきたようですよ 」


使用人は、処断覚悟で主人に物申す。

けれども、主人の返事は、首元に突き付けられた刃であった。


「あれは息子などではない。

次にあれについて何か言ったら、次に飛ぶのはその首だと思え 」


使用人は、恐怖でへたりこんでから気が付く。

持っていた手紙が、綺麗に両断されていたことに。



「天狗よ、随分と以前に送ったはずなのに、父から手紙が来ぬ。

どうすれば良いのだろう? 」


「落ち着け、そして待つがよい。

お前の父にも、立場があるのだろう?

忙しい身の上だ、読んでいたとて、返事に時間がかかるのも無理はない 」


移動の間に、天狗とそのような会話を交わしている。

海賊討伐後に送った文の返事が、中々来ないことに不安を抱いていたが、多少は気が楽になった。


「そうだな、主君からの文もまだ来てはいない。

気長に待つことにしよう 」


「今のお前なら、吐きはしまいだろうから聞いておく。

父君の事は、好悪の感情で言えばどちらだ? 」


「嫌いだな。

父親らしいことをしてもらった記憶もないし、人間性も認められない 」


私は、迷うことなく即答した。


「けれども、認められたいとも思っているのだろう?

中々に、難儀な業を背負った奴だ 」


我ながら、矛盾した感情だと思う。

けれども、それがあるがままの私の心なのだから、仕方がない。


「人とは、時折矛盾した感情を、矛盾したままに抱える生き物なのだろう。

私はそれが、少しばかり表出しただけだよ 」


「まあ、今はそう言うことにしておこうか。

それより、今日の稽古場についたぞ 」


今回の修行は、砂浜であった。

我が国の葛浜かつらはまと呼ばれる場所だ。


「悪しき足場での立ち回りの鍛練だ。

今までも実地で学んで来たことではあるが、地の違いは移動に大きく影響がある 」


天狗は、実践して見せる。

横への足捌きが、滑って空振り、その場に留まってしまっている。


「このように、地を蹴れば滑って居着いてしまう。

いかに地を蹴らず、滑らかな重心移動が行えるか?

早速、やってみようか 」


天狗は、こちらに下段で構える。

私は、八相にて応じる。

獲物は、互いに木刀だ。


「木剋土か、悪くはない選択よ 」


構えの相性と言うものがある。

五行の相関図に例えられ、それに依れば下段に対しては八相が有効とされる。


即ち、定石の動きだ。


ジリジリ、と間合いを狭める。

砂浜の上で速度を出そうとすれば、即ち地を蹴って居着いてしまう。


だから、摺り足で少しずつ、有利な間合いを取ろうと試みる。


そうして、もう一つの砂浜の驚異に気が付く。


間合いを、測りにくいのだ。


「気付いたようだな。

生物の目という物は、幾つかの情報を統合して、距離を割り出している。

砂浜という、対者の他に情報のない環境では、巧く間合いを取れまい? 」


攻防に優れた中段でもなく、攻撃に優れた上段でもなく。

下段を選択したのも、刀身の長さから間合いを探る情報を得られない為だったのだろう。


八相は、手を誤ったかもしれぬ。

これでは、自身の刀身で間合いを測る事も出来ない。


瞬にも満たぬ迷い、しかしその意識の隙を突かれて、小手に木刀が添えられる。


「待ちの下段では、自ら攻められないと思うたか?

時には定石を崩すことも有効だぞ 」


「参りました」



私は、観念して再び間合いを開きなおす。

私の次の選択肢は、中段であった。


これならば、獲物で長さが測れる、と言うのが一つ。

そして、もう一つの狙いは……


「突きか、予備動作が少なく、対処が難しい良い狙いだ。

けれども、最短ゆえに狙いが見えやすく、捌かれた後の隙が大きい。

定石を崩すことも有効だ、とは言ったけど、初撃で出すならもう少し工夫が必要だ」


半身になり、刀を立てて受け流され、私の刀に滑らせるように、頭部への面を打ってきた。

刀を引き上げ受け止めたものの、腰を使って押し込まれる。


常の足場なら、こちらも腰を使って耐えられる……と思っていたのだが、足場が滑り巧く耐えられなかった。


「今の攻防は、受け止めざるを得ない拍子だったが。

このような足場では、踏ん張っても返って滑る。

膝を抜き、姿勢を作って受け止めろ 」


実際に、攻守を逆にして、同じ動きをゆっくり行う。

私が腰を入れて潰そうとするも、難なく受け止められる。

ガッツリと力で止められるのではなく、込めた力が抜けるかのような感触であった。


「体勢と拍子が合わなければ、腰を入れても対して効かん。

特に体格で勝る敵には、常に有利な拍子、有利な体勢に持ち込むことを心掛けろ 」


実際にやってみると、説得力が違う。

父のものが剛の技ならば、天狗のこれは柔の技と言った所か。


「これらの身体使いが出来るようになれば、如何なる足場でも戦える。

これより、反復鍛練を始めるぞ 」


その後、何度か同じ型を行い、拍子と体勢を身体に刻み込んだ。





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