第10話

「父に認めらる為には、成果を挙げるのが正攻法だと思う 」


「ならば、治安維持に貢献してみるのはどうだ?

お前は今まで受動的に過ぎた、これもよい機会だろう」


天狗とそのような会話を交わした。

私は、樽の中に潜み、海賊を討伐する機会を伺っていた。


「キャァー!

止めてください! 」


「止めてくれって言われて、止めるバカがどこにいるよ? 」


樽の外から声がする。

どうやら、拐かした村娘を、なぶりものにしようとしているらしい。


この国には、きっとよく溢れた光景なのだろう。

けれども、不快だった。


可能ならば、本拠地まで船が進むのを待ちたい所であったが。

私の心は、村娘を助けたいと思っている。


ならば、その心に嘘をつき、背いてしまうことはしたくない。


ガタッ


「なんだぁ、今の音は?」


石を投げて、別の方角にある樽を揺らす。

こういう事態を想定して、何個か拾ってきていてよかった。


見事に引っ掛かってくれた賊が、音のした樽に無防備に近寄ってくれる。

その隙に、音が出ないよう慎重に、樽から出て村娘を助ける。


娘に、樽に隠れるよう言い含めてから、男に声を掛ける。


「頼もう! 」


「うわなんだ!? 」


海賊が、驚きながらもこちらに振り向く。


「て、敵だぁ!!


……へへ、間抜けめ。

俺が後ろを向いてる間に、斬り殺せば済んだものを 」


当然の事ながら、武装済みの私を見て男は叫ぶ。

仲間の駆け付けてくる足音に安堵したのか、余裕をみせて口が軽くなった。


「可能な限り、汚い手を使いたくは無かったのだ。

お前達ごとき、策を使うまでもない 」


父の好む手への不快感は、拭いがたく。

他者の命を守るため意外の用途で、それらを用いることはしたくないのだ。


先程石を投げたのは、拐かわされた娘を逃がすためだからだ。


「たかが侍一匹、何が出来る?

小木之島おきのしままで着いたら、てめえをたっぷり拷問してなぶり殺してやるぜ! 」


幸いにも、本拠地の場所を知ることができた。

誰かに情報を吐かせる手間が省けたのは、幸いと言えるだろう。


「久方の侍狩りだぁ!

てめえら、たっぷり怖がらせてやんなぁ!! 」


ここの船頭とおぼしき男が指揮を執り、男達が弓を取り出す。


そして、男達は命令通り、弓を一斉に放った。


私は、真半身まはんみになりながら、片手で剣を持ち、矢を捌く。

この姿勢になることで、正中線を初めとする急所が隠せ、最小の動作で凌げるようになるのだ。


矢を捌きつつ、集まってきた人間の人相を確認する。


人相書きにあった、海賊の頭はいない。

どうやら、本拠地か別の船にいるらしい。


「怯むな、射れぇ! 」


続く第二射の前に、跳躍し接近する。

弓の鍛練はしているようだが、上を狙って打つ練習など、まずしてはいまい。


落下の勢いを利用して、一人目の弓の弦を斬り、腕を奪う。

そして接近すれば、同士討ちの危険性から飛び道具の利は失せる。


弓から刀に持ち替えようとするが、抜刀が遅い。

その隙を突いて、二人分の両手小指を奪わせてもらう。


死にはしないが、武器を振る事はできないだろう。

そして、囲われる前に走って離脱。


なるべく片側が壁になるようにして、走り回りながら海賊達を叩いていく。


「もし、複数人を相手にするなら、どちらか片側は遮蔽に沿わせて走れ。

我も回避する空間を失うが、彼も攻める方向を絞られる 」


天狗の言った通りであった。

海賊達は囲もうとするも、今のところそれが出来ないでいる。


とは言え、この戦法とて絶対ではない。

壁に沿って走るため、方向さえ定まればその先で待ち構える事も出来る。


現に、二・三人集団から離脱していくのが見えた。

故に、敢えて自ら壁より離れる。


入身法による体捌きで、迫り来る槍や剣をかわし、集団をすり抜ける。

そして、最初に集団より離れた三人を、声をかけてから斬り伏せる。


「弓には持ち変えるな!

むしろこちらから突撃しろ! 」


先程弓を射ったより近い距離ゆえ、再び持ち替えの隙を突き、接近する試みであったが。

船頭の指示により、その目論みは破られた。


自身の心は理解できるようになってきたが、さりとて人の心まではまだ完全とはいかぬらしい。


それとて、今後まだ成長の余地があるという事。

今は、嬉しさが勝る。


「死に晒せぇ!」


突撃してくる集団、真っ向からぶつからぬよう、斜めに走り端から削っていく。


集団の強みは、手数の多さ。

されども、常に一人としかぶつからぬ間合いを取れれば、一対一とさして変わらぬ。


やがて、全員の戦闘継続能力を奪うことが出来た。


可能な限り、致命傷にならぬよう斬ったつもりであったが。

全員生存という訳にはいかず、半数ほどは出血や痛みで死亡してしまった。


「……おい、あんた」


縛られた船頭が喋る。


「なんだい? 」


「生き残ってる数が多すぎる。

傷からみても、わざと殺さなかったとしか思えねぇ。

どのみち死罪の俺達に、数で劣るあんたが何故そこまでする? 」


「剣を殺しの為だけの道具にしたくない。

可能な限り、心に背く事はしたくない。

故に、自由の剣を求めたいという、俺の我が儘を叶える為だ 」


船頭は、鼻で笑う。


「国々に血が流れるこの時代に、よくもそんな理想論を語れたもんだ。

俺たちの本隊にも、同じ事をするつもりか? 」


大きく頷く。


「然りだ!

誰もが笑うこの夢を、叶えんが為ならば、私は幾らでも苦労を背負おう 」


「へん、精々どこぞでの垂れ死ぬのがオチだと思うんだがねぇ。

まあ、頑張ってみろよ 」


船頭は、心底おかしそうに、歪んだ笑顔を浮かべた。


その目に、何故だか父を思い出して、無性に腹が立ったので、爪が食い込んだ掌から血が滲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る