第9話

私は、狼の群れに追い掛けられていた。

縄張りへ踏み行ったか、弱っていて仕留め易い獲物と判断されたか。


彼らは、群れであれば時に熊も殺しうる強敵だ。

しかも、刀も斧も手元に無い。


彼らの鼻から逃げおおせるとも思えない。

ならば山にあるものを使いながら、一匹ずつ殺す他あるまい。


この修行の成果か?

私には、狼達の動きが、手に取るように把握できていた。


自身の体と心を一致させたが故に、相手の心の動きも理解が及ぶものになった、といった所か。


例えば、本隊と連携して、挟み撃ちにしようとしている小さな個体が複数ある。


追いたてて疲れさせ、足と逃げ道を奪った所を、複数で仕留める。

そういった獣なりの知恵だ。


左手斜め前方、木の幹に隠れて一匹潜んでいる。

比較的若い個体だ、頭(リーダー)の指示を無視して、私を仕留めにかかろう待っている。


人ならざる獣の世界にも、功に焦る者はいるらしい。

襲い掛かる直前、拾った木の棒で眉間を叩く。


殺すことこそ出来なかったが、それなりの衝撃ではあったようで、伏せて動かなくなっている。

止めを刺したいところだが、本隊に追い付かれない事を優先し、その場を離れる。


今の一匹が反撃を受けた辺りから、何匹かの鳴き声の質が変化した。

仲間を傷つけられた事に、怒りを抱いたのだろう。


これによって、群れの統率に綻びが生じる。

その綻びを突いてしまえば、離脱も可能になるはずだ。


最初の一匹についで、若い個体が二体速度を上げ、群れから離れて襲い掛かってくる。

敵討ちにとらわれて、頭に血が登った結果、孤立した個体。

倒すことは容易であった。


一匹目の喉に、持っていた棒を深く突き込み、窒息させる。

もう一匹は、上記の攻撃の隙を突いて噛み付く直前、手を伸ばし頭の所で受け止めてから、力任せに首を捻って殺す。


そうこうしているうちに、本隊距離が縮まったので、また走って逃げる。


本隊は残り四匹、回り込む別動隊が三匹ほど。


若い個体ほど速くもないし、力も無いだろうが、経験豊富な個体が二匹いる。

多少頭に血が登っていようが、容易に孤立してくれはしないだろう。



そろそろ息も切れてきた。


高い場所を確保すべきかもしれないが、さりとて木に登るのは悪手。

彼らの爪は、人以上に器用な木登りを可能とする。


打撲で殺害するのは難しい

先程のように首を捻るのも有効だが、一匹ないし二匹が限度だ。


彼らの爪と牙は容易に皮膚を破り、獲物を出血させる武器だ。

連携の取れた群れは、仲間の犠牲を物ともせず、攻撃の隙を突いて私に食らい付く。


しかし、最早戦うより他に策はない。

覚悟を決めて足を止め、振り返りながら石を投げる。


こちらに走り来る勢いと相まって、まずは一匹の額から流血し、倒れる。


残りは三体。

木を障害として利用し、こちらの移動を阻害しながら接近してくる。


右手後方、足に噛み付きに来るのを、足を上げて避け。

空振った隙を狙い、首の付け根に向けて踏み下ろす。


左手から回り込んできた狼には、鉄槌を打ち込んで弱らせた後、渾身の力で岩に叩き付けて殺す。


しかし、最後の一匹の攻撃、これは避けられなかった。


左腕に噛み付かれる。

振り回しても離す気配がない。


早くしないと、別動隊の三匹が来る。

痛みを堪えつつ、次の手を……


「受け取れ! 」


天狗の声がした。

私は、無我夢中で伸ばした手に掴んだのは、私の愛刀だった。


元服の日、父が私にくれた物だ。


私は、片手で鯉口を切り、振って鞘を外すと、胴を突いて頭の個体を殺害する。


感触からして、心の臓を貫いただろう。



別動隊が追い付いてきた。

私は刀を振るい、最初の個体は面にて脳天を割り。

二体目は、大きく跳躍して攻撃してきたので、その腹を縦に断ち。

最後の個体は、首を落として群れを全滅させた。


「よく己が力のみで、窮地を乗り越えた!

この修行はもう終わりだ、急いで山を降りるぞ! 」


天狗の言葉に従って、急いで山を降りていった。



「天狗の妙薬よ、付けて暫くすれば治る 」


庵に戻って最初にしたことは、狼に噛まれた箇所を水で洗い流し、天狗が持ってきた塗り薬を塗ることだった。


「世話になるな。

所で、やはり私を見ていたのか? 」


「元より、俺がお前に指示した修行だ。

万一の事がないよう見張っておくのは当然のことだ 」


水を絞った布巾を渡される。


「所で、自分の心が何を求めているのか、分かったな? 」


「ああ、取り敢えず今は白米が食いたい。

出来れば、塩を振って焼いた魚も欲しい 」


布巾で顔を拭きながら答える。


「そうか、それならばよし。

今日の立ち回りも見事なものだった。

一皮向けたな 」


天狗が誉めてくれた。

嬉しかった。


けれども、足りない物があったのだ。


今の私は、それに目を背けることはしない。


「あなたに認めてもらえて、嬉しい。


けれど、父上にも、私は認めて欲しいのだと思う 」


「そうか、ならばどうすれば認めて貰えるか、明日より考えを練ってみようではないか。

晩飯は用意してやる、暫く安静にしておけ」


天狗の厚意に預かって、私は横になることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る