第8話
山籠りを初めて、早3日が経った。
腹がひもじく、頭の働きも少し鈍い。
修行を始める前に師匠が言った言葉を、思い返す。
「苦行その物に意味はない。
少なくとも苦行で精神・肉体を苛めぬいたところで、心や体が強くなりはせん 」
天狗は、山に入るための道具を用意してくれながら、話す。
「苦行は、単に己の中の欲望を認識する手段にすぎん。
極限状態でおのが欲望と対峙し、乗り越えられれば、自由の剣とやらに至る一如となるはずだ。
ただ苦行に耐えたから偉い、などと思い上がるなよ 」
もっと思い出せ。
これも大事だが、今の私に必要なのは、この直後の台詞だ。
「心技体の一致などというが、お前は心の求めていることと、体の行動が一致していないのだ。
まずは、飢えたら食い、眠ければ寝るところから、心と体の動きを一致させてこい。心と体が一致したなら、食い物の探し方も、寝床の確保も、自然と体得する 」
そうか、これが答えなのだ。
食べ物の取り方も、寝床の探し方も、心の動きに身体を一致させれば、自ずと見付けられる。
今の俺は何がしたい。
食うことか?
寝ることか?
……いいや、それよりも。
水だ。
水を飲みたい、喉が渇いてもうどうしようもない!
「…ぁ……」
喉の渇きで、声も出ない。
助けを求めることも、運良く人に会えたとして、水を要求することもままならないだろう。
しかし、足は動く。
腕は上がる。
ならば、水場を探す他にない。
チロチロ
音が聞こえた。
水の流れる音だ!
私は耳を澄ませて、その方角を探る。
体に活力が戻る、腹の奥から気力が涌き出る。
少し落差のある場所だが、構うものか!
常の私なら踏み入らないであろう、急な下り道を進んでいく。
時折転がり落ちそうになるのを、木を掴んで堪えながら進む。
暫く進むと、川があった。
正確には、そう呼ぶには小さな水の流れ。
もしかしたら、私の庵近くの川の源流かもしれない。
今の私には、そんな事はどうでもよかった。
浴びるように、水を飲む。
五臓六腑に、水が染み渡っていく。
魚になったような気分だった。
次に私が自覚した欲望は、飢えであった。
何か食べる物を取らなければいけない。
だが庵のある場所と植生が違いすぎて、食べられるかどうか見分けがつかない。
せめてもう少し幅の大きな川ならば、魚も得られただろうが……
周囲を観察していて、気が付く。
一分の植物に、何らかの動物が食らった跡のあることに。
そうか、私には見分けが付けられずとも、ここに住む動物たちは知っているのだ。
食べられるものか、そうでないのか?
動物が齧った跡のある植物の、齧られていない部分を採取し、舌に載せる。
痺れもない、変な味もしない、恐らく人間にも食べられるものだろう。
念のため、まずは少量のみ喰う。
あまり旨くは無かった。
しかし、私の胸のうちに、食への感謝が生じた。
ある程度の時間を置いて、今度は腹八分ほど満たす。
一種のみ食い続けるのは健康に良くはないだろうが、それは後回しだ。
まずは、腹を満たし頭が回るようにするべきだろう。
腹を満たしてから、睡眠への欲求が生じた。
肉食動物への警戒から、あまり眠れていないのだ。
野にそのまま寝れば良いと考えていたが、見積もりが甘かった。
せめて、ある程度の安全な場所を確保するべきだろう。
暫く歩くと洞窟がある。
しかし、嫌な予感がしたので、周りを見渡す。
洞窟の入り口周辺、妙に虫の死骸が多い。
洞窟内の空気が凝り濁っているようだ。
残念ではあったが、別の寝床を探すべく、再び歩き出す。
「そうだ、それで良いんだ。
おのが心に従い動けば、危険も自ずと避けられるというものよ 」
俺は、離れた所からアイツを見ていた。
あれは才覚よし、肉体もよしという逸材だが、頑固な所があり、成長の壁を越えられずにいた。
今回の修行はよく適していたようで、巧い具合に心と体が一致して動けているのが見て取れる。
自ら、水場の場所、食べ物の取り方に気付けたのもそうだが。
洞窟の危険に気付けたのもよい。
万一が無いように見張っていたが、この分では必要なさそうだ。
さて、この修行が終わったとき、いかにアイツが化けるのか?
今から楽しみで仕方無いぞ!
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