第6話
「おじちゃん、毬遊びしようよ!」
童達が駆け寄ってくる。
これも、天狗に言われた修行の一貫だ。
出された課題は2つ。
一つ目、全てを忘れて、遊びに没頭すること。
二つ目が、童達含む、集落の住民と交流することだ。
そして、天狗の赦しが出るまで、剣を握ることを禁じられた。
意図は説明されたものの、極端過ぎると思わぬでもない。
けれども、師を信ずると決めた私は、それに従うことに決めたのだ。
「まる たけ えびす に
おし おいけ♪」
歌を歌いながら、毬を跳ねさせる。
蹴鞠ならば多少は心得があるが、こちらはあまり経験がない。
新鮮な気持ちだった。
地面の状態によっては、返ってくる角度が違う。
「大山様、いつも子供たちの面倒を見て頂き、ありがとうございます!」
母親達が、私に礼を言いに来る。
「構わぬよ。
隣国の監視と言っても、それほどやるべき仕事があるわけでもない。
私も貴方達には世話になっている、これぐらいの恩返しはいつでもさせてもらうよ」
多少は威厳があるような喋り方を心掛ける。
立場上、一応は主君の面子を立てねばならぬからだ。
「良かったらこれ、使ってください。
大山様の物はボロボロだからって、村の女衆で作っておりました 」
それは、編笠であった。
確かに、昨今は日差しが強い。
自分の持っている編笠は、風雨に晒されて殆ど壊れかけているが、騙し騙し使っていた。
それを、気に掛けてくれていたらしい。
「ありがたい、大事に使わせてもらおう 」
そう言ってから、男衆の力仕事の手伝いに行く。
剣を禁じられた以上、別の手段で体を動かさねば、訛るばかり。
薪割りや荷運びなどは、ちょうど良い仕事であった。
「大山さま、ありがとうございます
お侍様は体力が違いますねぇ 」
農家の与作が、そのように話し掛けてくる。
「いやいや、皆も相応に鍛えられておる。
生半な者ならば、1日働いただけでも疲労困憊であろうな 」
世辞ではなく、客観的な事実であった。
地面を耕すのは重労働で、続けると腰や足が痛くなる。
薪割りとて、効率の良いやり方を求めなければ、すぐ疲労が蓄積していく。
どちらも、剣を振るのに活かせそうな良い鍛練だ。
集落の住民との交流が増えてから、自分も笑うことが増えたし、住民から何かをしてもらうことも増えてきた。
誰かに何かをしなければ、自らに誰かが何かをしてくれるはずもなし。
因果応報、情けは人のためならず。
頭では分かっていたつもりだったが、なるほど身体で理解できた。
風呂を借り、庵に帰ろうとした所だ。
「熊が出たぞぉ!
火を持ってこい! 」
村が騒がしい。
熊が山から降りてきてしまったらしい。
剣を禁じられている私は、今現在帯刀をしていない。
仕方無く、薪割り用の斧を持ち、駆け付ける。
村の衆が何人か、火を振り回して熊を牽制している所だった。
「大山さま!
斧じゃ無理ですじゃ、せめて弓か槍か! 」
村の衆の忠告を耳に入れつつ、敢えてそれを無視する。
弓も槍も用意がないため、これが最善だと判断したのだ。
間合いは
こちらから攻めるは不利、ならば交差法にて仕留める。
いつ来ても構わないよう、神経を研ぎ澄ます。
熊が動いた。
立ち上がり、右前足の振り下ろし。
かつて異人の金棒を受けた時のように、腰を落として受け止める体勢を作りつつ、手首を狙って刃を設置する。
食い込んだ感触がある、動脈や筋には届いていないが、皮の表面は切れたらしい。
異人の時のように、腕が痺れたりはしていない。
怪力、皮膚の厚さ、共にあちら程では無い。
中途半端に血を流させた事は逆効果だったようで、明らかな怒りの咆哮を上げている。
次に来たのは、左前足を軽く左右に振る攻撃。
熊にとっては軽い攻撃だが、人が喰らえば一溜まりもない。
また、爪で衣服を引っ掛かる狙いもあるかもしれぬ。
後ろに下がり、様子を見る。
両前足を地面に下ろし、体当たりを仕掛けてくる。
村人が慌てて散り散りに逃げる。
私は、上に跳び越し逃れ、すれ違い様に目を刃で潰す。
左目を潰せた、苦悶の声が聞こえる。
しかし、落ち葉に脚を滑らせ、着地を失敗する。
日が沈みかけているせいか、着地先の地面がよく見えていなかったせいだ。
受身は取ったため、着地自体の衝撃は然程でもなかったが、大きく隙を晒す結果となった。
こちらが立ち上がる前に、熊が振り向いている。
こちらに噛み付こうとしているのが見えた。
せめて、最悪を回避しようと斧を割り込ませようと試みた時、異変が起きた。
熊が動きを止めたかと思うと、その首が地面に落下したのだ。
「無事か?
嫌な予感がしたから来てみたが、間に合うて良かった 」
声の主は天狗であった、一刀の元に熊の首を両断したらしい。
「ああ、すまない。
助かりました 」
差し出された手を取りつつも、マジマジと熊の首を見る。
私は、皮膚の表面を
師匠はこの小さな身体で、どうやって?
「勝利を確信し、戦いの緊張から
そして、頚椎の隙間に刃を滑らせた故に、力は然程必要なかった 」
私の視線に気が付いたのか、説明してくれる。
事も無げに言ってくれるが、同じ状況でも、私にそれが出来たかどうか……?
隔絶した技量の差を、思い知らされる。
「ともあれ、勝利の瞬間は最も隙の大きい致命の時よ。
覚えておくと良い」
天狗は手際よく、熊を解体していく。
「これは、村の者と共に喰え。
飢えで痩せておるが、熊の肉は滋養があるぞ」
投げ渡された肉を受け取る。
衣服に、熊の血が染みてくるのを感じる。
「ありがとうございます! 」
「それよ
心の底から感じる感情と、それに伴って動く体、お前に教えたかったのは、それなのだ 」
天狗が、嬉しそうにこちらを呼び指す。
「まあ、俺の禁にも関わらず、剣の事が抜けきってはおらぬようだがな。
良い傾向よ 」
天狗は、自分用の熊肉を幾つか籠の中に入れてから、このように言うのだった。
「明日からは、次の手段を試そう。
まだ暫く、剣を握らせる訳にはいかん 」
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