第3話
「半歩、踏み込みが遠い。
その位置では反撃を喰らうぞ 」
私の上段からの面打ちを、少年は背後に下がってかわし、振り下ろしを見送ってから喉元に片手突きが飛んできた。
木刀での寸止めだが、仮に本気で打たれていたら、呼吸がままならなくなっていただろう。
天狗__少年当人から、そう呼べと言われた__と剣技の鍛練を行うようになって、半年程が経った。
剣の握り方から始まり、目付け(視線の置き方)や、防御法についても、彼は言葉で丁寧に教えてくれた。
かつての師である父は、一言も言葉を発さず、見て学べという方針だったので、そのやり方は新鮮に思えた。
「恐怖故に、浅く斬り込もうとしすぎなのだ。
確かに、指先とて斬れれば、敵の戦闘能力を奪うことは可能だ。
だが、その分狙いが読みやすくなるのだ」
いつしか、天狗は私に敬語を使うのを止めていた。
とはいえ、私はそれに特段不快感を感じた事はない。
こちらが教えを受けている立場だし、なにより内容がしごく為になるからだ。
「それに、片手打ちは両手より間合いが遠い。
両手では反撃が容易でない距離でも、このように切っ先が届く。
ただし、側面からの力に弱く、考えなしに打っても受け流されやすい」
天狗は、私の喉元に突き付けていた木刀を外し、間合いを取り直す。
「力と精密さに優れたるが、両手持ち
速度と距離に優れるのが、片手持ち
状況に応じて使い分けをすべし、だ」
そして、幾つか両手持ちと片手持ちの使い分けを見せてくれた。
絶妙な拍子(タイミング)で入れ換えられると、間合いが変わり対応が困難だった。
「いつもありがとう、君の教えはいつもタメになる」
私は、礼をして納刀動作を行う。
「いや、君の筋が良いのだ。
綿に水を注ぐがごとく、私の教えた事を吸収していくな」
天狗は、そう言って私を誉めてくれた。
「だが、これほどの腕を身につけても、未だ戦場に出るつもりは無いのだな?」
「ああ、人を殺すのも、人に殺されるのも嫌なんだ」
「ならば何故、お前は剣を学ぶのだ? 」
少し思案して、答える。
「剣を振るのが、好きなんだ」
「……目の光を見るに、嘘ではないようだね。
でも、本当にそれだけか?」
天狗の瞳が見える。
まただ、何か強い強制力を感じる。
「そう言われても、思い当たる事は何もないです」
「そうか。
この際だから言っておくが、お前の剣には殺気がない。
それは、お前の理想を考えれば納得が行かぬでもないが……肝心の気迫すらない 」
天狗は岩に腰掛ける。
私も、自然と同じように、別の岩に腰掛けていた。
「お前の体には、幾つもの打撲傷の痕が残っている。
以前の師による虐待に等しい稽古の痕跡、参戦した盗賊討伐戦。
それらを生き残った人間に、気迫が備わっていない訳がないのにだ 」
天狗が石を指で飛ばすと、鼠が二匹潰れた。
「同じ場所を斬られて生き残る剣士、死亡する剣士の2名がいたとしよう。
生き残る側には、必ず気迫がある。
気迫とは、生きようとする意志の力その物だからだ 」
鼠の片方が立ち上がる。
近くに子供と思わしき、小さな個体がいた。
「俺と出会う以前のお前には、確実に気迫があったはず。
お前自身が気が付いてない理由が、何かあるはずだ」
顎に手を当てて思案する。
「そう言われましても、思い当たる事が無いのです。
この体の傷も、思う所が無いわけではありませんが」
木刀の柄を撫でる。
馴染んだ感触が、そこにはあった。
「では、聞き方を変えよう
以前の師については、どう思っている?」
考えようとすると、腹の底が燃え上がり、頭が沸騰するような感情が生じた。
「考える度、頭が真っ白になりそうです。
怒りなのか、憎しみなのか、それすら判別できぬ負の感情の
「やはりな、お前の父その物が、お前の気迫の原点に他ならぬらしい。
さて、ならばその負の感情、父にぶつけようとは考えなんだのか?」
頭のなかに、靄がかかったように、思考にまとまりがなくなる。
「……分かりません。
でも、それをやれば父と同じになる、それだけは避けるべきだ、と一欠片の理性が告げております」
「どうやらここまでのようだ、これ以上聞いても今日中に答えは出まい。
俺とて、お前を悪戯に苦しめたい訳ではないのだ」
天狗は立ち上がり、私に背を向ける。
「では、また明日だ。
今日はユルリと身体を休めよ。
休息もまた修行だぞ」
生い茂る森に向かって歩いていく。
まるで、空気に溶け込むように、天狗は消えたのだった。
「さて、内に眠る剣才は上々。
しかし、気迫が中々目覚めぬときた。
危険ではあるが、荒い手段を使う他ないかな?」
森奥で、天狗が一人ごちる。
その手には、文があった。
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