第2話

「達人になってから戦働きに出るつもりか? 」


任地に出発する前、顔を出しに行ったところ、父にそう問われた。


「その通りだ 」


私は迷わず、そう答えた。

無礼とは知りつつ、稽古の場以外では、父への敬語を捨てていた。

父は、それをとがめる事はしなかった。


「私が刀を握る答え、それを見つけぬ事には、命を奪いたくはない。

もし答えを見つけられたなら、とうに達人とやらに至っているはず」


「無駄な事は止めておけ、実戦を経ぬ剣では極みに至れぬぞ」


父は嘲笑ちょうしょうして、私に背を向けた。

既に、私から興味を失っているらしい。


私は一応頭を下げてから、父の元を去った。


国境監視こっきょうかんしの為に建てられた、山中のいおりに移り住んで幾年いくねん経っただろうか?

人との交流が薄くなると、年月の経ち方にうとくなる。


そこにはただ、季節の移り変わりがあるだけだ。

ただ、日々の報告書を書き、それが終わってからひたすらに剣を振るう。


時折訪れる人から話を聞く限り、今もまだこの国の乱世らんせいは続いてるらしい。

だが、私はそんなものに興味がなかった。


剣を振るのが好きだ、そこには私があるだけだから。

剣を向け合うのは怖い、死ねば鍛錬たんれんの成果は無に帰すのだから。


だから私は、ただひたすら一人で剣を振る生活を選んだ。

その日も、同じ生活を送るはずだった。


「へえ、乱世らんせい真っただ中だってのに。

あんたはこんなところで一人で素振りだなんて、変な人だねぇ」


上のほうから声がした。

そちらに顔を向けると、木の枝の上に天狗の面を被った少年がいた。


年の頃は14~16だろうか、身の丈と声の高さからそう判断した。

どちらにせよ私より、少し年下のように思われる。

しかし彼は、老人のような落ち着きも感じさせる、不思議な雰囲気ふんいきまとっていた。


「……天狗の面を被って人と話すような人には、あまり言われたくない言葉だね」


 久し振りに人と話すので、つばを呑み込み間をおいて返答せざるを得なかった。


「天狗の面?

……ははは! そう見えるのか!!

なるほど、あんたにしてみりゃ相当な変人だろうさ」


少年が、まるで体重がないかのように、ふわりと地面に着地する――と見えた次の瞬間、少年の刃が私の首筋に突き付けられていた。


「ピクリともしなかったね、動きは大分出来るみたいだったから期待したのになぁ」


「……失望させたようで申し訳ない、私には抜刀の瞬間すら見えなかったよ」


「それは、目の付け所が悪いからだ!

独学では無さそうだが、師には教わらなかったのか?」


あの人の顔が思い浮かぶ。

嫌悪感が、胃の底を叩き上げ、嘔吐感が喉元に生じる。


「あの人には、全うな教えなど受けていない。

剣の使い方は、見て覚えた」


身体をしこたま、木刀で殴られた感触が思い出される。


「その表情、あまり良い記憶では無かったようだね。

聞かれて嫌な事だったなら、悪かった」


少年は、私の首筋から刀を離し、ゆっくりと納刀する。


「そうだな、聞かないでくれると助かる。

ところで君は、この辺りの子供か?」


近くの村とは、たまにだが交流はある。

子供の世話を見たこともあるが、彼の声には聞き覚えが無かった。


「言っても信じやしないだろうが、俺はこの山の天狗だ。

世が乱れてきたようなのでな、面白い人間がいないか久し振りに降りてきたのだ」


少年の顔を覗く。

どう見ても、天狗の面を付けた人間にしか見えなかった。


「まあ、話したく無いなら良いよ。

それにしても、見事な抜刀だったよ!

私より若いのに、凄いな!! 」


「本当なんだけどなぁ、まあいいや。

見たのは素振りだけだけど、あんたの腕前だって悪くはない。

なんでこんな所でくすぶってるんだい? 」


天狗の面の奥に、真っ直ぐなひとみのぞいている。

不思議と、誤魔化ごまかしたり、嘘を吐く気にはなれなかった。


「嫌なんだ、人を殺すのが。

剣はもっと、自由であるべきだと思う 」


めずらしい考え方をしてるね。

こういう時代の人間というのはもっと、名誉めいよとか手柄を得て、出世するのに貪欲どんよくなものだとばかり」


「……剣の師がね。

自身の欲を叶えるために、手段を選ばない人間でね。

その姿を見て、こうはなりたくないと誓ったんだ」


少年は、まず私の質素な身なり、続けて破れて雨漏りのするいおりの屋根を見て、得心とくしんが言ったらしい。


「なるほど、だからこんな世捨て人みたいな真似をしてるんだね。

欲深き師のようにならないために、真逆の生活か 」


少年は私の近くに寄って、真っ直ぐ目を見ながら、首を傾けて問うてきた。


「でもさそれって、その師の影響から抜けられてないと思うよ。

真逆であると言う事に拘わってちゃ、君の言う自由な剣には程遠いでしょう」


「君に私の何が分かる!

私より若く、先ほど出会ったばかりの君に!! 」


気がつけば、大きな声が出ていた。

そして手に持っていた木刀を、声と同時に横薙よこなぎにしていた。


「図星を突かれて動揺したね。

でも、今のは良かったよ」


少年は、木刀の上にヒラリと飛び乗っていた。

剣の先端に乗っているのに、まるで重さを感じない。


思わずパッと手を離すが、少年はそれより前に跳躍ちょうやくして飛び降りていた。


「すまない、大丈夫だったか? 」


その時の私は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたに違いない。

自己嫌悪と罪悪感に、押し潰されそうになっていたからだ。

勘に触る言葉を言われたとはいえ、父のような暴力に訴える真似をした自分が、怖かった。


「構わない、今のは挑発した俺にも非があった」


少年は、こちらに頭を下げてくる。


「もし、君が良ければだが。

たまに、私と剣の相手をしてくれないか? 」


私は、彼に頭を下げる。

剣は対人の技、一人で素振りをしているだけでは限度があった。

ここに来て、自分以上の剣腕けんわんの持ち主と出会えたのは、渡りに船という他無い。


少年は、驚いた素振りを見せる。


「自らの一分(面子)を捨て、自分より年下の相手に、頭を下げて教えをえるのか。

その心根こころねは悪くない、きっと君は良い剣士に成れる。

たまにとは言わない、毎日でも相手になろう」


少年は、カラカラと笑った。

私に第2の師が、出来た瞬間であった。

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