とある剣術家の一分

牛☆大権現

第1話

私は武家の産まれだ。

その為、幼い頃の遊びと言えば、棒を持っての剣術ごっこだった。

その頃は、まだ幕府の力が強く、戦など滅多に起こらなかったので、自由にやれていたのだ。


棒で身体を叩かれるのは痛かったが、私にとってはとても楽しい時間だった。


父親と言うものを見た記憶はなく、世話は使用人や乳母がしていた。

9つの頃に、漸くお目通りが叶った。

酷く冷ややかで、興味の無さそうな眼を向けられたのが、しこりのように心に残っている。


10の頃に、都で乱が生じたらしい。

その影響か、私の住む国も治安が乱れていた。

その頃から、剣は実用の物として、本格的な調練が施されるようになった。


私は師として、父親の元に通うようになった。

最初のお目通し以降、相変わらず、私事しじでの関わりは皆無であった。


「やぁぁ! 」


木刀で顔面を張り飛ばされる。

受身を取った直後、腹に爪先が突き刺さる。


容赦の無い指導だった。

同時に、酷く姑息なやり方に思えた。


足で砂を蹴り上げる動作、鍔競つばぜり合いの時につばを吐きかけるやり方、倒れた相手にすかさず追撃をすること。

それらを、剣の振り方よりも多く練習した。


敵が使ってくるのは良い。

だが自分が行うのは、どうしても抵抗があった。


「師よ、何故このような手ばかり修練するのです!

剣の技を教えて下さい!! 」


ある時、私は父にそのようにお願いをした。

15の頃だったように思う。


「甘ったれた事を言うな!

使えるものは何でも使え、そうでなければ死ぬだけぞ!! 」


記憶の限り、人生で初めて掛けられた、師にして父の言葉であった。

その日の指導は、普段より厳しく。

夜に目が覚めて、吐血を三度みたびほどした。


稽古の終わったあと、父は女をはべらせて、酒をよく呑んでいた。

私が住む父本来の屋敷やしきには、一度も帰って来た事がない。


平たく言うと、馬が合わなかったのだろう。

そんな父親に、反発心を抱くのも、無理からぬ事であったのだと思う。


元服は人より遅く、16の頃に行った。

大人の服で改めて道場に入ると、師が珍しく言葉をかけてきた。


「主君が近々戦を起こす、お前も参戦しほまれを得てこい 」


人生で二度目の師の言葉だった。

人を殺すなどしたくなかった、だが師の命に拒否権などあろうはずも無い。


隣国の大名だいみょう巳好みよし永景えいけいは、外道として知られている人物だ。

自国の民に重税を課し、老人や病人は死罪人しざいにんとして処刑する。

また盗賊の振りをさせた兵士を、敵地に送り略奪りゃくだつを行う。


人拐ひとさらいや、敵国てきこくの田畑に毒を注いだとの噂もある。

そういった義にもとる行為を、平然と行う人物であった。


私の初陣は、盗賊として国内に入り込んだ、その巳好みよしの兵の討伐だった。

盗賊の頭を捕まえ、巳好みよしとの繋がりの証拠を掴む、それが目的の討伐戦だ。


「斬れぇ!

殺せぇ!! 」


素人目にも汚い戦であった。

陣形は早々に崩れ、各地で一騎討ちの体となっている。


他国と比して、荒事の経験の浅い味方兵士たち。

荒事に慣れてはいても、盗賊に身をふんするため少数の巳好みよしの兵。


ならば、泥臭い戦いになるのは、はなから自明だったのだろう。


血の池を踏み進めながら、敵兵に斬りかかる。

末端の兵には、さほど良い装備はそろっていない。

それでも、紙や竹を巻き付けた簡易な鎧は、それなりに刃をはばむ。


鎧ごと敵を両断する大技、兜割かぶとわりは予備動作が大きく、反撃され易い欠点がある。


故に、弱るまでひたすら叩き伏せる。

そして、動きが鈍った所に組み伏せて、鎧の隙間に刃を滑らせる。

それが、戦場せんじょうでの剣術だ。


強引に組み付く、反撃で腹を叩かれるが。

敵は既に体勢をくずしていたし、金属製の鎧に守られた体には、対した衝撃でも無かった。


一方父は、組み伏せずとも、敵の鎧の隙間に刃をすべらせ、敵兵を殺している。

かわす防ぐはおろか、身を捻り鎧で受ける事すら叶っていない。


装備の質の差もある、姑息な手も使うとは言え、目にしてなお信じがたい。

悔しいが、真似の出来ない神業かみわざであった。


次の敵に移ろうとして、はたと気づく。

手櫛てぐしのようなものが、盗賊の懐からこぼれ落ちている。


男が使う意味は薄い、盗品なら懐にしまっておく事はない。

ならばこそ、恋人か妻からの贈り物。

或いは、お守りであろうと言うのが、容易に推測できた。


理解が及んだ刹那せつな、罪悪感で体は強張こわばり動かなくなる。

戦場でその刹那せつなは、致命的ちめいてきであったのだろう。


横っ腹に衝撃が来る。

蹴りだと気が付いたのは、普段から幾度いくども同じものを食らっていたからだ。


ほうけるなド阿呆あほう! 」


怒鳴りながら、師は私を襲おうとした兵を斬り殺していた。

今度の太刀は、防具の最も厚い所を断ち割る一撃であった。


精妙無比の、防具の隙間に滑り込む柔剣

剛腕無双の、防具ごと断ち割る剛剣

この二つの使い分けが、父の強さを支えていた。


「申し訳ありません、助かりました」


「礼よりも、先に敵を殺せ」


正論であった。

私は、吐き気と嫌悪感けんおかんこらえながら、次の敵に刃を振り上げていた。


仔細しさいは聞いておる。

よく盗賊どもを討伐とうばつしてくれた、特にお主ら親子の手柄は大きいとか 」


盗賊の一群を壊滅し、頭を捕縛した後、その足で主君に拝謁はいえつした。

主君の姿を目にしたのは、この時が初めてだった。


「おめに頂き恐縮きょうしゅくにございます。

しかし、盗賊ごときの討伐は当然の事

これからも澄礎ちょうそ様の為……」


父が長々と何かを言っていたが、耳に入ってこない。

心臓が早鐘はやがねを打っていて、その音が煩いからだ。


謙遜けんそんが過ぎるぞ、大山おおやま 崇信たかのぶ

此度の褒美を取らす、今後も主の働きに期待しておるぞ 」


家来が、金品のような物を持ってきていた。

主君の手前、平伏の姿勢は崩していないが。

隣の父の目の奥に、暗い悦びの輝きが見えた。


金を貰うとき、父はいつもあのような目をする。

何故だかそれが、無性に気に触った。


「……お願いがございます。

私を処刑してください 」


気がつけば、口からそのような言葉が漏れていた。


「これ、何を申すか!

お許しください、せがれ初陣うきじんを終えたばかりゆえ、錯乱さくらんしておるようです!! 」


上から拳で殴りつけられた。

手を三角に揃えていたため、鼻は打たなかったものの、頭が酷く揺れた。


「初陣の動揺が残っておるとは言え、自らを処刑せよとは尋常ではない言葉ぞ。

非礼は許すゆえ、理由を申してみよ 」


頭部を平伏させたまま、私は言葉を述べる。


「彼ら盗賊も、人の親です。

人の子です。

自ら望んでではなく、主君の命故に、家族を守るため。

悪行に手を染めざるを得なかったのです」


立ち上がろうとする周りの家来を、主君が手で制する気配があった。

ここで殺されても構うまいと、心の内を吐露する。


「それに気付いてしまったとき、私は刀が酷く重く感じました。

しかし、領民を守るためには、誰かが手を汚さねばならぬのも、頭では分かっております。

ですが、このまま私がこの任についておれば、いつしか他の家来方の足手纏いになるのは確実でございます 」


「そうは言えども、主は既に手柄を立てておる。

罪無き者、手柄ある家臣を殺すなぞ筋が通らぬ」


「なりませぬぞ、澄礎様!」


主君しゅくん澄礎ちょうそ様は、周りの静止を無視して、こちらに歩み寄ってきた。


「巳好とは逆方向の隣国だが、こちらは同盟国ゆえ争いごとは少ない。

しかし、国境に監視役を置かぬわけにもいかぬのだが、その役を勤めていた者が老衰で亡くなってな。

お主、その任に就いてはくれぬか? 」


お願いというていではあるが、家臣にとって主君の言葉は絶対の命令である。

是も非もなく、私の任地が決定した。


とは言え、不満があったわけではない。

むしろ、父や戦いから離れられることに、安堵あんどすら覚えていたのだ。


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