第一部 その5

 我に帰り、視線を敵チームに戻す。慶次が投げ入れたボールは誰の手に渡っているのだろうか。


 「模惠! 出てこい、俺の一撃で粉砕してやる」


 夢野がボールを片手に、挑発している。


 「なんだ、貴様か」


 私はつい、言葉を漏らしてしまう。私だけではなくチーム全体が安堵の言葉を口にし、顔を綻ばせていた。


 「助かった」


 ボールを投げたはずの慶次もなぜか笑いを浮かべていた。


 「何がしたいのだ? 貴様は」


 「違う、決してミツルが怖くてボールを夢野の方向に投げたわけじゃない!」


 慶次は被りを振って反論するがまったく説得力がない。


 「刑事は死ぬことを恐れないんじゃなかったのか?」


 「おーいお前ら! 今から俺がとんでも豪速球を投げようとしてるのに、なんでリラックスしてるんだよ!」


 こいつはまだ投げていなかったのか。仕方なく夢野の前に出ることにした、時間切れになっても困るしな。


 「夢野、早く投げろ。望み通り私と貴様の一騎打ちだ」


 夢野は口角をつり上げた。

 気色悪い。


 「主人公に挑むその勇姿、確かに」


 「早くしろと言うのがわからないのか!」


 私が怒声を浴びせると夢野は口元を歪めた。


 「なんだよ……わかったよ。じゃあ」


 小さく呟きながら投げる体勢にはいる。


 「くらえ! 必殺のミラクルヒーローボール!!」


 なにやらよくわからない言葉を口走りながら、ボールを投げた夢野だったがボールは私の正面……ではなく、はるか頭上を通り過ぎながら綺麗な放物線を描いて外野の方へ落ちていった。


 「命拾いしたな。だが、今度はそう上手くよけられるかな?」


 「避けていないのだが?」


 とりあえず、身体を後ろの外野の方へと向けるとおかしな光景が目に飛び込んでくる。

 チームメイトが両手を上げて外野に身を乗り出していた。その中にはあのスポ根三本柱の一人、エースストライカーの山本の姿も見えるではないか。


 「頼む! 俺を当ててくれ。これ以上ミツルとやり合ってたら命がいくつあってもたりねーよ!」


 スポ根三本柱最後の一本は、あっけなくへし折られていた。

 山本以外にも数人、いや、私以外の全員が我先にと外野の男に助けを求めていた。

 その光景はまるで、餌を求めて集まる鯉のようであった。


 「何をしているのだ、みっともない。運動部としてのプライドはないのか!」


 「プライドより命!」


 全員が息ぴったりに振り向いて言ってきた。


 「貴様ら、己の鍛え上げた肉体を信じて今日まで頑張ってきたのだろう? その成果がこんな、命ごいなんかで本当にいいのか?」


 「死んだら刑事になれないしな」


 「貴様ぁ! 命が惜しくないとか言っておいて、やっぱり死ぬのが怖いのではないか!」


 「頼むよ九頭野、俺たち仲間だろ?」


 山本が名前を叫ぶ。

 説明しよう、彼の名は九頭野 幹太くずの かんた、クズである。

 仲間からの訴えかけに、うっすら、笑みを浮かべて言った。


 「君たちは今、強敵という、大きな壁にぶつかっている。僕は結託して、強大な敵を討つ様を見てみたい」


 そう言って九頭野はボールを投げた。


 「君たちにとって、この試練がかけがえのない経験になってくれることを心から願っているよ……アーメン!」


 飛んでいったボールは、ミツルの足元に転がっていた。

 阿鼻叫喚、コートは絶望と悲鳴の波に飲まれていった。


 もうダメだ、コイツらに頼るのは。そもそもこの私が、たかだかスポーツを学んだ程度の人間をあてにしたことが甘かったのだ。


 「嫌だ! 死にた──」


 チームメイトがまた一人、ミツルの砲弾の前に倒された。

 私はひとまず、倒れた仲間の近くにあったボールを手にとり考える。

 私たちのチームは残り5名、対する相手は8人。


 「どうしたどうした? 俺たち主人公チームの前になすすべもないってか」


 ハエが耳の近くで飛んでいるようだ。ハエだけではない、最初は奥に隠れていたはずの文化部たちが、前に乗り出してきている。

 どうやら、体育で活躍してきた運動部の情けない姿を拝みにきているようだ。

 この状況、利用できるな。

 私はボールを一人の文化部へと向けて投げる。

 誰でも取れるような、遅いスピード、球は文化部の男へと向かって行く。

 文化部の男は取れると思ったのか、避けずにボールに手を触れる。


 「あれ?」


 つかんだ瞬間、男はボールを手からを離していた。

 私が投げたボールはスピードこそ遅いものの、回転に力を入れている。油断していればその回転を抑えきれずにそのままボールは地に落ちる。


 「おいおい、大丈夫か?」


 近くにいた仲間がボールを手にする。

 そう、これも作戦の一つ、ミツルに球を持たせないために、あえて、ミツルから離れた場所を狙って打ったのだ。

 ボールを持った男は目一杯の力でボールを投げる。

 私はそのボールを難なくキャッチし、そのまま投げた男に球を投げ返す。


 「よし、この速度なら余裕で取れるぜ!」


 夢野が自信満々に躍り出てきたが、ボールの回転を抑えられず、手元からボールが離れる。


 「なんで!」


 夢野は驚きを隠せないといった表情をしていた。それを見て私は痛感した。


 夢野に助けられた男が再びボールを投げ、私はそれをキャッチする。

 そして、私は出来るだけミツルと離れている男を狙いボールを放ち、また一人、また一人と外野送りにすることができた。

 なんとか同数まで減らすことができ、逆転の兆しがみえてきた。


 「おいみんな、わかったぞ。あのチームはミツル以外は超弱いから、そいつら狙って勝っちゃおうぜ!」


 後ろから、山本が大声で言う。

 その言葉を聞いた文化部たちはまた後ろの方へと下がっていく。まったく、どこまでも使えんやつだ。

 そして、不思議なことに今まで不動だったミツルが足を動かし、仲間を庇うように前へと出てきた。


 「弱いモノいじめはよくないな」


 先程までこちらを蹂躙していた兵器には言われたくない。

 しかし、マズイことになったな。

 時計の針を見ると、授業終了まで、あと数分だった。ミツルをどう掻い潜って、ボールを当てるか。

 こうなれば、ミツルを当てるしか──


 「待てよ」


 ボールを投げようとした私の手を誰かが止める。目をやるとそこには慶次がいた。


 「なをするこのバカモノ! 手を離せ!」


 また、何か良からぬことを考えているに違いない。


 「俺はもう、犯人は追わない。だから、このまま引き分けで終わらせてくれ」


 なぜ急にそんな提案を? 私をはめるための罠か?


 「このドッジボールでよくわかったよ。俺の力不足も、死ぬことの恐ろしさも、だから、頼むから投げないでくれ」


 そう言って、慶次は涙を流した。

 どうやら、精神的に参ってしまったようだ。

 まあ、あんな球を受けたらと思うと、流石の私も少し身震いしてしまうな。


 「ああ、わかっ──


 「かかったな! ばかめ!」


 私が手を緩めた瞬間、慶次は持っていたボールにパンチをし、相手チームへとボールをいどうさせる。

 そして、私が一瞬の動揺を見せるあいだに慶次は私の脇を両手で掴み高らかに声をあげた。


 「ミツルやっちまえ! 俺ごとコイツやっちまえー!」


 「離せ! 馬鹿者! 手を離せと言っているんだ! 離せぇ!」


 しかし、柔道部に所属しているだけあって、がっしりとつかまれてしまい、なかなか振り解くことができない。

 そうしているあいだにミツルがボールを掴み、大きく振りかぶる。マズイこのままでは……死!

 ミツルがボールを投げつける。こうなれば、最終手段!


 「リミッター解除!!」


 私が叫ぶと同時に、みるみる身体に力が流れてくる。

 私は足に力を入れ、慶次ごと真上へとジャンプして間一髪でボールを避ける。

 ボールはまっすぐ進む、先にいたのは──


 「うぞお!」


 夢野だった。夢野は咄嗟に避けようとしたが、間に合わずボールに直撃してしまう。

 そして、グラウンドに授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 もう二度とドッジボールなどしたくはない。

 私は心の底から願った。

 



 


 


 


 


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