第一部 その4

 準備運動を終えた私たちは体育委員である松本まつもとがラインカーでコートを作っている間に休憩をとった。


 「なに!? いつの間にそんな賭けを」


 賭けの話をきいた慶次がのけぞった。


 「おい、正気か? お前のチームは文化部ばかり、こんな言い方をするのも酷いと思うが、とても勝てる見込みがないぞ」


 慶次けいじの言うとおり、夢野ゆめの率いるAチームはスポーツとは無縁のものが多くいた。対する私達Bチームには運動部が密集していた。

 サッカー部のエースストライカー山本やまもと、バスケ部の王子こと竹本たけもと、そして剣道部の天魔、森本もりもとを入れたスポ根三本柱に加え、その他諸々、強者揃いであった……酷いネームセンスだ。

 ちなみに慶次も運動部に所属しているらしく、柔道をしていると夢野から話を受けた。


 「夢野、今からでも遅くはない、この賭けは無しにしてもらおう」


 慶次が提案をするが、当然、承諾するつもりはない。


 「ダメだ。これは私と夢野の賭け、部外者に口を挟まないで貰おう」


 「模惠もえの言う通りだ。大丈夫、絶対に勝ってみせるさ。それに」


 夢野が倉庫の扉の隣に座っている一人の男を指さした。


 「俺たちのチームにはミツルがいる」


 「ミツルだと!?」


 慶次が目を見開いて声を上げる。


 「やかましいぞ。ミツルとは何者なんだ?」


 私が訊くと、慶次が説明をしてくれた。

 高城たかぎミツル。長く伸びた手足に、岩を彷彿とさせる筋肉。まさしく城壁。そんな彼につけられた異名は……


 『動物愛好家のミツル』


 「待て、今の説明からなぜ動物が出てくる」


 私が再び質問を投げかけると、今度は夢野が口を開いた。

 ミツルは高いポテンシャルを秘めているのにもかかわらず、運動部には入らず帰宅部に。

 その肉体を生かすことなく、放課後は近くの猫カフェ通っているらしい。


 「まったく、似つかわしくない異名を付けられたものだな」


 「なるほど、ミツルがいたから賭けに乗ったのか……」


 さっきまで賭けを否定していた慶次が納得していた様子だった。

 高城 ミツル、警戒しておいたほうが良いかもしれないな。


 「まあ、ミツルがいなかったにしても、俺の志の高さと強さの前に模惠はひざまずいていただろうよ」


 口を大きくあけ、夢野が笑った。


 「そんな無謀なことも平気でしようとするのか?」


 慶次が戸惑った面持ちで私に尋ねてくる。


 「言わずもがな……だ」


 聞いた慶次はため息を吐く。

 私もよく夢野には振り回されていたので、少しだけ同情した……が。


 「よかったな。危ない橋を渡るのも、刑事になるためのいい経験になるだろう」


 私を無視して、勝手にことを進めようとした報いは受けてもらおう。

 慶次は何も言い返さず、顔だけをしかめた。


 まあ、手を組んだことが間違いだと気づいたなら夢野の元から去れば解決することだ。

 だが、私は悪魔として契約しているので、目的が達成されるまで決して夢野から離れることは許されない。

 慶次が少し羨ましく感じた。



 コートの準備が整い、皆が移動を始める。

 10人中、8人がコートの内側へ、残り二人は外野へと移動した。


 「お前ら準備はできたか!! それじゃあ試合、開始!!」


 掛け声と共に、朝倉あさくらが大振りでボールを投げる。そのボールはコートの真ん中を突っ切りフェンスにぶつかり、ころころと私のチーム内に入り込んだ。


 「相変わらず馬鹿力だな、先生」


 ボールを拾い上げた森本が朝倉に顔を向けた後、投げる体勢に入る。

 相手コートは波が引いたように隅へと人が固まっていた。

 無理もない、運動部の投げる球を文化部達が受け止め切れるわけもない。惨めに見えるが、自分にできることをしっかりと認知している賢い者たちだ。

 だが、動じずに相手を睨みつけているものが二人いた。

 一人はミツル。腕を組んだ状態で眼前の森本を見つめている。

 腕組みをしてボールを掴む気があるのだろうか。しかし、不思議と一切の隙がないように思える。

 そしてもう一人、前に出ている男は


 「安心しろ! 主人公の俺がお前たちを守ってやる」


 夢野である。


 「馬鹿やろう……」


 慶次が沈むような声でつぶやく。


 「貴様の気持ちは痛いほどわかるぞ」


 「なあ、どうしてお前はいつも夢野のそばにいるんだ?」


 不思議そうに慶次が聞いてくる。


 「私にとって、必要な存在だからだ」


 慶次には意図がわからなかったらしく、首をただ傾げていた。

 近くでざわめき声が聞こえた。何事かと目を向けるとボールを持っていたはずの森本が地に伏せていた。


 「一体何が起きた?」


 倒れた森本の近くで震えている男に話かける。


 「あっ、ミツルが、顔で森本の球を」


 ミツルが森本を? 森本から視線をミツルへと移す。そこには腕組みをしたままのミツルが立っていたが、額が少し赤く染まっていた。


 「よくもやってくれたな!!」


 スポ根三本柱の一人、竹本が森本の近くにあるボールを拾い上げ、ミツルにボールを投げつける。

 が、ミツルは腕を組んだまま顔を上げ空を眺めるように立ち尽くすだけだ。

 なんだ? ミツルはなぜボールを止めようとしない。

 私が疑問符を浮かべたがその直後に答えは出た。

 なんと、竹本の投げた球に対して、ミツルは顔を勢いよく前にふって跳ね返した。

 そう、ミツルがとった行動はただ、空を見上げていただけじゃなかった。

 ヘディングで相手を返り討ちにするための準備動作だったのだ。

 跳ね返したボールは投げたボールの倍の勢いで竹本の体を捉えた。


 「ヒュっ……!」


 悲鳴にも似た息を漏らし、竹本は一瞬にしてグラウンドの端まで飛ばされて行った。

 なんということだ。愕然としている私に慶次が言葉をかけてきた。


 「悪いがこの賭け、俺たちの勝ちのようだな」


 勝気な台詞とは裏腹に声は震えていた。これから自分の身になにが起こるのか、想像するに難しくなかっただろう。

 だか、勝敗を決めるにはまだ早い。


 「確かに、ミツルは強いが、他は脆弱だ」


 敵の外野が投げてきた球をすんなりキャッチしたあと、慶次が聞き返した。


 「なんだ? どういうことだ?」


 「私たちが攻撃をかわしつつ、ミツル以外の相手を当て続ければ勝機はあるということだ」


 「なるほどな、確かにそうすりゃあ勝てるかもな」


 そう言うと、慶次はほくそ笑んで球を相手のコートに投げ入れた。


 「貴様! 自分が何をしたのかわかっているのか」


 私だけでなく、チーム全員が慶次を囲んで叱咤を浴びせる。

 が、慶次は周りに目もくれず、私だけを睨みつけて言った。


 「この勝負、勝たなきゃいけねえ。俺はどんな手段でも使うぜ! 夢を叶えるためならよ」


 「貴様、正気か! あの球を喰らえば無事では済まんぞ」


 「言っただろう? 俺は命懸けで刑事を目指してるってな」


 忘れていた。慶次は同じチームにいるだけであって、本来は敵同士であることを……。

 

 

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