第一部 その3
「起立。礼。ありがとうございました」
授業が終わり、教師に感謝の言葉を送る。
1限目世界史、私はこの授業が一番好きだ。
人が歩んできた愚かしき歴史を、この教科書という薄っぺらな紙束で堪能できる。
やはり、人の歴史とは語るも少ないものなのだな。
今日の内容は安土桃山時代について学んだ。その時代の中で、最も目を惹いたのは『本能寺の変』。
大将である信長が家臣の光秀からの反逆により自害した話である。
まったく、味方に反発されるなど大将の名折れだ。
私が信長なら、誰も逆らわないよう、恐怖心を根強く家臣たちに埋め込むだろう。
そもそも、他人に気を許すことこそ間違いなのだ。
と、一人考えごとをしていたら、クラス全員が音を立てて移動を始めた。
どうやら次の授業である体育のため、着替えてグラウンドへ向かおうとしているらしい。
遅れまいと教科書をしまい、ジャージに着がえた。
★★★★★★★★★★★★★★★
外に出ると、
周りのやつらは外に出て間もないはずなのに、滝のような汗を流していた。
「なあ模惠、今日は暑すぎないか? 溶けちまいそうだ」
苦痛の表情を浮かべて夢野は私の肩に手をついた。汚らわしい。
「手をどけろ、だらしないやつめ。たかだか暑さだけで弱音を吐くんじゃない」
「お前この暑さの中よくジャージ姿でいられるな? 大丈夫なのか? 頭」
イラッとしたが怒鳴らないぞ。そう、これは暑さのせいだ、きっと。
「貴様に言われたくはない、私は悪魔だから環境にあまり左右されないだけだ」
「なんだよそれ、インチキじゃねーか!!」
再び夢野が掴みかかってくる。
「だから触るなというに!!」
「お取り込み中のところ失礼すっぞ」
いさかいを起こしていると、誰かが声をかけてくる。
振り向くとそこには、髪を逆立てた、獣のような目つきの男が立っていた。息遣いが荒くどこか落ち着きのない様子だった。
「俺は角倉
この男、確か私の1つ後ろの席にいた奴だな。話を聞かれていたか。
「おう、登校中に偶然な。追いかけてとっちめてやろうとしたんだが、足が早くて逃げられた」
善行を誇るかのように夢野が胸を張る。しかし、この文には誤りがある。
「貴様がバテて逃げられた」
「本当に逃げ足の早いやつだった!!」
夢野は口を大きく開いて声高に言った。
「でも俺たちは犯人の特徴を知ってる。放課後になったら探し出して今度こそ逮捕してやる!」
夢野が胸を突き出し、言い張った。
「そうか、お前らも犯人を追っているのか」
知ったような口ぶりで慶次はうなずく。
お前らも?
「実は俺もその犯人を追っているんだ! それで、良ければ協力して犯人を捕まえないか?」
慶次が前のめりに言う。何を考えているんだ? コイツは?
「ちょっと待て。自分が何をしようとしているのかわかっているのか?」
私が聞くと、慶次は太陽に引けを取らないほど眩しい目をしていた。
「俺、刑事ドラマが好きでな。悪を制してこの世を良くする姿に憧れてたんだ。そして、夢はもちろん刑事だぜ」
自分がやりたいことをする。まるで夢野が増えたような気分だ。地獄だ。
「だったら、刑事になってからでも遅くはないだろう。憧れだけで容易く犯人を捕まえられると思うなよ」
「お前らも犯人を追ってるんだよな? まあ、確かにお前の言う通りかもな」
意外と聞き分けがいいじゃないか。将来は夢野より優れた人間になっていそうだ。
「でもな、刑事になるまで犯人を野放しになんてしてられるかよ。たとえ無理だとしても、出来る限りのことはしてみたいのさ」
前言撤回。コイツは夢野と同類だ。
「夢と犯人を追う漢……いいぞ。俺たちと一緒に犯人探しをしようぜ」
夢野が笑みを浮かべて、提案を呑んだ。
慶次もこれには大喜びの様子だった。
……俺たち? まさか私まで仲間に入っていないよな? いや、そんなことよりも早くコイツらを止めなければ。
「貴様ら正気か? この街にいる人間の中から犯人を探し出すなんて、監視カメラや、複数人で見回りをしない限りは不可能に等しい」
「不可能を可能にする。主人公ってのはそう言う奴さ」
黙れ。紛い物。
「それに犯人を見つけても、刃物を持っていて、殺されてしまう可能性がある。夢を追うのは結構。だが、叶えられないなら意味がないだろ?」
「刑事ってのはいつも死ととなり合わせなんだよ。それなのに俺が死を恐れてどうする」
お前は刑事じゃない。ただの高校生だ。
それを聞いた夢野が声を弾ませる。
「夢に命をかけられるのか。カッコいいじゃねーか!」
だから貴様は黙っていろ。
「じゃあいい、模惠はほっといて、夢野、俺たちだけでやろうぜ」
慶次が口を尖らせて提案した。
「そうだな。こんな臆病者はほっといて俺たちだけで捕まえちまうか」
マズい。慶次はどうでもいいが。契約者である夢野に万が一のことがあれば、契約不成立の罰として、大悪魔の地位を剥奪される可能性がある。
戻るのか? ただの悪魔に? そんなこと決してあってはならない。出世街道まっしぐら、この私を止めることは誰もできない!どうにかしてやつらを止めなければ。
チャイムが鳴り、クラスメイト全員が指定の位置につく。
数刻後、一人の巨漢がグラウンドに足を踏み入れる。
「お前ら!! 今日も張り切って体づくりだ!!」
体育担任、朝倉がメガホンにしけを取らない大声を発した。
相変わらずやかましいやつだ。
「今日やるのは、ドッジボールだ!! 顔面はセーフだ。それでは、チームの振り分けだぁー!」
うちのクラスは全員で31名。その内、男子の人数は21名であったが、塩沢が欠席のため、綺麗に2つのチームにわかれて準備運動であるグラウンド二周を開始した。
「模惠、今日は敵同士だな」
隣に駆け寄ってきた夢野が話しかけてくる。私がBチームなので、夢野はAチームに入ったようだ。
「丁度いい、朝の続きだ。貴様に大悪魔の力をみせてやる」
「面白え、主人公vs悪魔か」
B級映画のタイトルみたいだな……ちょっと待て。これは夢野達を説得させる絶好の機会ではないか?
「夢野、ただの勝負ではつまらんだろう。ここはひとつ、負けた側に罰を与えるというのはどうだ?」
「罰?」
「私のチームが勝ったら、犯人探しは諦めてもらう。負けたら貴様の言うことをなんでも聞いてやる、どうだ?」
「嫌だ。犯人探しはやりたい」
ダメか、しかし、ここまでは想定の範囲内。こんなとき、夢野をやる気にさせる魔法の言葉があることを私は知っている。
「自分の大切なものをかけて悪魔に立ち向かう。まるで〝主人公″のようだったのだが、そうかやらないのか、残念だ」
瞬間、夢野は目を大きく見開き、頭を傾けて黙り込む。
そして数秒後、垂れた首を上げて、夢野は満面の笑みで答えた。
「確かにめちゃくちゃ燃えるシチュエーションだな。いいぜ! 勝負だ!!」
よし。かかった。
普段は振り回されてばかりだが、ことがうまく運ぶこの瞬間に確かな達成感が充実する。
私は夢野に見えない角度で口端を上げた。
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