第一部 その2
朝礼のチャイムまで後わずかというところで、なんとか教室に滑り込むことができた。
「おお、今日は遅刻しなかったな」
担任の橘が目尻にシワを作り、出席簿にチェックする。
「今日は塩沢がいないみたいだが、誰か、何かきいていないか?」
橘が、欠席した塩沢の確認をとっているが私には関係ない。
とりあえず私は席に着いて、昨日建てた計画の段取りを確認する。
今日の予定では1限目は座学、2限目に体育、3限が数学、4限に化学、そして5限目に家庭科がある。今回、夢野にはこの授業で活躍してもらおうと考えている。
種目は不明だが、夢野を活躍させ、周りの視線をどれだけ集めて夢野を満足させられるかが重要だ。
思考を巡らせている最中、朝礼中の橘の声が耳に入ってきた。
「近頃、ひったぐり事件が起きている。被害者はすでに三人もいるらしい。だからお前たちも襲われないよう、少数での移動は控えろよ」
今朝、私たちが取り逃した男のことだろう。
一度だけでは飽き足らず、悪行を繰り返しているらしい。
捕まった時のリスクを考えれば、アルバイトをしながら、職を探すほうが良いはず。
それでも、自ら苦の道を進んでく。
なぜ、人はこうも愚かなのだろうか?
「なあ、模惠、今の話って、朝に俺たちが追っかけたやつのことだよな?」
隣の席で、小声で夢野が言った。
「ああ、そうだろうな」
「それでさ、考えたんだ、今日の放課後、俺たちでひったぐり犯を捕まえようぜ」
「貴様、なにを考えている?」
私の苦悶の表情を見ているであろう夢野は口角を上げて話を続けた。
「捕まえたらさ、俺、主人公になれる気がするんだよな。記事にも載ったりして、一躍大スターになって、チヤホヤされるんだろうな」
捕まえたぐらいで有名人になれるのなら、この世界の大スターは警官まみれになるだろう。
「何度も言うが、犯人が刃物を持ち歩いていたらどうする? 第一に、どうやって探し出すというのだ」
「そりゃ、簡単な話だ。俺たちは今朝、犯人の外見を見ているだろ? それに似たやつを見つけて、ひったぐりの現場を抑えればいいんだ。刃物はきっと持ってない。俺を信じろ」
夢野が自信たっぷりに言う。なぜ人はこうも愚かなのだろう。
「なにを根拠にそんなこと。それにだ、外見は知っているが、服装が変わっていたらどうする? 私達が探している間に犯行に及ぶ可能性は?」
「そこは、お前、アレだよ。大悪魔モエの力を魅せるときだろ」
他力本願ではないか……。
「貴様は主人公を目指しているのだろう? ならば、たまには他人に頼らずに自分の力だけで成し遂げてみようとしたらどうだ?」
そして勝手に目的を達成して、代償を払ってくたばってくれるなら助かる。
「お前は悪魔だ、人じゃない」
キッパリとした口調で夢野が指摘する。
「今は人の姿をしているだろう?」
「お前、もしかしてビビってるのか?」
「──なんだと?」
夢野は笑みを浮かべ、淡々と話す。
「さっきから刃物を持っていたらどうするって、本当は犯人が怖いだけの言い訳なんじゃないのか?」
「私は別に犯人も刃物も怖くない。ただ、契約者である夢野に万が一のことがあっては困るだけだ」
しかし、夢野は聞く耳を持たず、一方的に話を続ける。
「そうやっていつも言い訳する。全く、大悪魔と言っても所詮は生き物。死ぬのが恐くて仕方ないか……情けねえ!!」
感情が風船のように膨らんでいく。この感情は……怒りだ。
「貴ッッ様ぁぁぁあ!」
もう我慢ならん、私は手で机を叩きながら威圧する。
「おっ、どうした、やる気か? モブキャラが主人公に勝てるとでも?」
机から立ち上がり、手の平で虫を払うような仕草で夢野が言う。
「凡人でありながら、大悪魔であるこの私を愚弄する気か? 悪ふざけも大概にしろ」
「大悪魔? 大悪魔か、だったらもっと大悪魔らしい力を見せてみろよ」
怒りの眼差しに動じず、夢野は挑発を続ける。
見せられるものならみせてやりたい。しかし、夢野が召喚の儀に失敗したおかげで私の力に制限がついてしまい、悪魔の能力と身体能力が活かせないのだ。
「あの時、貴様が生贄に『なめろう』などと、おかしなものを捧げなければ、私も本来の力を存分にふるえていたのだ!」
それだけではない。召喚のために用意する魔法陣を、この男はネットの画像を参考に描いたのだ。
そして、不出来な魔法陣がたまたま適用され、その副作用で悪魔の力を制限されたに違いない。
ちなみに、この魔法陣は生贄の血を使わなければいけないのだが、この男はさばいたアジの血を使って完成させたのだ。
召喚された時の部屋の生臭さは思い出しただけでも鼻が曲がりそうだ。
「つまり、お前は大悪魔の力がなければなにもできないってことだな? なんだ、ただの人間と変わりないな!」
ただの人間が私を見下すというのか?
愚かな。悪魔の怒りを買ってしまったな。
「外へ出ろ。貴様ごときに能力は必要ない。大悪魔の真の力、身をもって思い知るがいい!」
「そっちこそ思い知るだろうぜ。この世界には、主人公という絶対に超えられない壁があるということを!」
「先生の壁は超えらないだろう。夢野、模惠、お前ら廊下に立っとれい」
グラウンドへと向かおうとした私たちに、橘が命令を下す。
それと同時に、朝礼終了のチャイムが教室に鳴り響いた。
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