悪魔と夢の主人公生活

あぱぱ

第一部 その1

 人は誰しも願いを持つ、しかし、叶えられるものはいつも限られた存在だけで、ほとんどは成し遂げられず朽ち果てていく。

 しかし、そんな人間を密かに救い続けている者達がいる。


 そう、悪魔である。


 悪魔は契約を交わした人間の願いを叶えてくれる至高の存在。

 人々はそんな悪魔の力を利用して、願いを次々と叶えていった。

 しかし、ただ願いを叶えるだけなら悪魔とは呼ばれないだろう。そう、悪魔にも企みがあった。


 悪魔は負のエネルギーを吸収して成長する。


 悪魔は契約を交わす際、願いを叶えた相手に代償を払わせるようにしていた。

 代償は、叶えた願いによって変わるが、悪魔は必ずその人が最も苦しむ方法を選ぶ。

 例えば、誰にも知られる大スターになりたい。と願った者には、顔の皮膚を剥ぎ取って誰にも顔向けできないようにさせる、など。

 こうして喜ばせた後に絶望させることで負のエネルギーを効率よく吸収し、成長することが悪魔本来の目的である。

 知っていて、なぜ人は悪魔と契約を交わし続けるのか?


 決まっている。願いを叶えるためだ。


 なにも成し遂げず、死んでしまうよりも、願いを叶えて死にたいと思う人は少なからずも存在する。

 悪魔は成長するために人の願いを叶え、人は願いを叶えるために悪魔と契約を交わす。

 今現在も悪魔と人間の関係は変わらず続いている。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 ある晴れた日の朝。私は普段通り、学園へと続く道を歩いていた。

 周りには散歩をする老人、腕時計を確認するスーツを着た社会人に学生が行き交っている。

 全く、忙しないやつらだな。


 「おーい、ちょっと待ってくれよ」


 後ろを振り返ると、同じ制服を着た男が慌ただしい様子で駆け寄ってきた。

 この男の名は夢野 一路ゆめのひいろ出伊門学園でいもんがくえんの同級生で、当たり障りのない平凡な顔つきに高くも低くもない身長と、特徴のない見た目をしているが、クラスメイトから「漫画狂い」と呼ばれるおかしな奴でもある


 「友人を置いて行くなよ、薄情なやつだな」


 息を荒げて膝に手をつける。忙しないやつだ。


 「いつから私が友になった? 貴様は──」


 瞬間、前方の曲がり角から黒服の男が飛び出してくる。

 服装は黒のジャージにサングラスとマスク、それにニット帽を被っており、暗い見た目とは不釣り合いなピンク色のバックを抱えている。怪しいの一言に尽きる。


 「お、なんだかワクワクの予感」


 横を通り過ぎて行った男を目視するや否や夢野は顔をほころばせる。

 すると、曲がり角からまた一人、年配の女性があらわれる。

 髪をふり乱し、額にしわをよせて悲壮感あふれる顔をこちらに向けて


 「ひったぐり! 誰かあの人を止めてちょうだい!」


 大声で叫ぶ女性は先ほど横を走り去って行った男に指をさした。

 どうやら、先程横を走り去って行った男はひったぐり犯だったらしい。まあ、だからなんなのだ? と言う話になる。

 私たちが被害を受けていないのだから追う必要は皆無だ。


 「模恵もえ、追うぞ」


 私の肩に手を置いて、夢野は言う。


 「な、何故? 追うのだ?」


 恐る恐る尋ねると、夢野は遊びに楽しむ少年のように目を輝かせた。


 「俺が悪者を捕まえたら、漫画の主人公みたいでかっこいいよな。だから、追うぞ」


 なにを、馬鹿げたことを……。


 「そうか。しかし、相手は刃物を持ち歩いてるかもしれない、返り討ちにされ、死んでしまう可能性もある。主人公のように目立ちたいのなら安全な方法を!?」


 私の説得も虚しく、夢野に手を引っ張られてしまった。


 「掴むぜ。理想の主人公生活!!」


 「離せ!!」


 私の手を千切れんばかりに引っ張りながら夢野は高らかに宣言した。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 「くそ! 追いつけねえ」


 私と夢野はひったぐり犯を追うが、一向に距離を詰められないでいた。


 「いい加減手を離せ! 走りづらい」


 私は手を払おうとする。が、夢野はがっしりと掴んで離そうとしない。


 「やだよ。だって、離したらお前、逃げるだろ?」


 どうしてこの男は一人で追おうとしない? 目立ちたいのなら一人で追えばいいはず……。

 だが、夢野一人で犯人と接触させるのは危ないな。


 「わかった。逃げない。貴様に万が一のことがあっても面倒だからな」


 納得したのか、夢野は手の力を解いてくれた。

 だが、状況は依然として良くは無かった。

 私たちがやりとりをしている間に、ひったぐり犯と距離がひらいてしまった。

 私が本気を出せば、追いつけるのだが、目的は夢野を主人公のように目立たせることなので、私が下手に活躍できない。

 くそ、じれったい。


 「模恵……もうダメ……だ」


 後ろを振り返ると肩を上下に動かして息を上げている夢野の姿があった。


 「おい、そこでなにをしているのだ!」


 普段から運動をしていない夢野だが、大した距離も走っていない……なぜ早くも疲弊しているのだろうか。


 「朝、お前を……追いかけた後だったから……」


 息も絶え絶えに夢野が言う。

 確かに、あの時夢野は私を走って追いかけてきたばかりだったな。


 「つまり、お前が俺を置いて来なければこんなことには!!」


 「寝坊した貴様が悪い」


 しかめっ面で睨みつける夢野をよそに、ひったぐり犯のほうへと向き直る。

 しかし、もうそこには姿はなく、普段通りの日常の風景が戻っていた。完全に見失ってしまった以上、どうしようもない。


 「くそったれ……」


 隣では悔しそうに夢野が汗を流している。周りからは変人扱いをされているが、この男は誰かのために行動ができる。

 現に、ひったぐり犯をすぐに捕まえようと、なりふり構わず走る姿は、まるで物語の主人公のようだった。


 「悔しい気持ちはわかる。だが、貴様がとった行動は誇れることだと思うぞ」


 「そうだな、目立つチャンスを逃したけど、苦難に挑む姿もまた、主人公っぽくていいよな!」


 「前言撤回だ。貴様はただの目立ちたがり屋だ」


 「そうだ、俺は目立ちたい。漫画の主人公の様に、チヤホヤされたいんだ」


 この男、貪欲にも程度がある。


 「だからお前を呼び出したのに、なんだこの始末は! 主人公みたいに目立てないし、チヤホヤもされないじゃないか!! 大悪魔ってのは名ばかりで、案外、大したことないよな!」


 怪訝な顔をして夢野は私を見つめる。


 「黙れ! だいたい、貴様がいつも勝手な行動をとらなければスムーズに願いが叶えられるのだ!」


 ふと、遠くからチャイムの音がきこえてくる。出伊門学園の方向からだ。


 「まあいい、今は早く学園に行かなければ!」


 「ああ、そうだな!……だが、遅れてやってくるのが主役っぽい……」


 後ろで念仏のような声をだす夢野の手を掴み、全速力で駆け抜ける。


 「模恵! 早い、ペースを落としてくれ! 口から心臓が飛び出そうだ」


 後ろから悲痛な声を漏らす夢野。しかし、そんなことは知ったことではない。


 「喚くな! 余計に疲れるぞ。それに、これ以上遅刻を繰り返したら、貴様は留年してしまうだろ! それでもいいのか?」


 「だったら、家出る前に起こしてくれりゃ、良かったじゃねーか!」


 「すまんな、魔が差してしまった」


 「ど悪魔め……!!」


 「その通りだな」


 私の本当の名は、大悪魔モエ。

 契約者である夢野 一路の願いを叶えるため、模惠という偽りの姿に化けて日々奮闘中である。

 

 願いの内容


 『主人公のような理想的生活』

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