第三十二話『お正月―2』

「その声は聖菜ちゃん! あけましておめでとう!」


 誰かに声を掛けられ、振り返った仄音は予想外の人物に驚きつつも、慮ってみると(そういえば近所に住んでいたなぁ……)と納得して挨拶した。


「あ、やっぱり仄音さんでしたか! こちらこそあけましておめでとうございます!」


 こうして顔を合したのは墓地で宇宙との交信をした以来であり、ここ最近は濃厚な日常を送っていた仄音はどこか久しく思う。


「聖菜ちゃんはご両親と?」


「はい! 親はお守りを購入するために並んでいるところです!」


「そうなんだ。その晴着、素敵だね。聖菜ちゃんの雰囲気に似合ってるよ」


「ありがとうございます」


 着物を褒められた聖菜はえへへと照れている。その瞳はピュアで、まだ子供だと痛感させられる。


(私も昔はこんなのだったのになぁ……今じゃ捻くれたヒキニートだよ……)


 仄音はあの頃に戻りたい。と、少し聖菜を羨ましく思った。


「そうだ仄音さん! 落ち着いて聞いてください……なんと、実はこの前、未確認飛行物体を見たんです!」


「え? それは……本当なの?」


「はい! あれはクリスマスの日、部屋から空を見て念じているとこう、何というか、ばぁーって彗星のような光が現れたんですよ! まあ、直ぐに破裂して消えちゃったので証拠写真は取れませんでしたが……」


 悔しさから聖菜の声は段々と小さくなっていく。

 一方で、未確認飛行物体とは半信半疑だった仄音はゆっくりとクリスマスを思い出す。刹那、何か引っ掛かりを覚えて冷や汗を垂らす。


「も、もしかして……そ、それって爆発じゃなかった?」


「言われてみれば爆発みたいでしたけど……流石に街中で花火はあり得ませんよ」


「う、うん。そうだけどさ……ああ……」


 聖菜の反応を見て、仄音は確信した。その未確認飛行物体、いや爆発の正体を自分は知っている。

 額から垂れた汗が地面へと落ちる。その正体は未確認飛行物体ではなく、天使の仕業なのだ。決して仄音の所為ではないが、その天使が身内という事もあり、罪悪感から顔を上げられない。


「はぁ、もう一度見られないでしょうか……今度こそ! 写真に撮ってコレクションの一部にしたいです!」


「そ、それなら多分、そろそろじゃないかな?」


「へ?」


 発言の意味が分からずに困惑する聖菜だったが、意識は大空に打ちあがったアリアという花火によって遮られた。







「いざ! 正々堂々! 勝負です!」


「ふふふ、小学生だからって手加減はしないわよ?」


「どうしてこんなことに……」


 事の発端はアリアの花火だ。否、未確認飛行物体をもう一度目の当たりにした聖菜は興奮した様子で仄音に問い質した。


 どうしてまた現れたのか? 何故、そのタイミングを知っていたのか?


 それは天使アリアの命の輝きだよ! とは口が裂けても言えず、仄音は子供の夢を守るために適当な嘘を吐いていた。

 そんな時、不運にも一仕事を終えたロトが帰ってきて、話を聞くや否や格好をつけて言ってしまったのだ。


『ああ、今の爆発かしら? あれは……まあ私の力のほんの一部を示したまで。本気を出せばアリアなんて地獄逝きよ。うんうん』


 ロトなりに天使とバレないように配慮した発言だった。が、その内容は滅茶苦茶で仄音は血の気が引いた。


 もう天使という事実を隠すのは限界か? 大人しく白状した方がいいのか?


 仄音が悩んでいた時、聖菜の瞳は怒りの炎で揺らいでいた。

 聖菜は以前にロトをマジシャンだと紹介されていた。つまり、あの爆発は手品の一部で、力を示すために神社の上空で爆発させたと勘違いしたのだ。


『許さないです』


 夢を打ち砕かれた聖菜は身体を震わせ、瞼に涙を溜めながら宣戦布告した。


『あんな紛らわしいマジックは駄目です! 宇宙人に迷惑が掛かります! もしも宇宙人の逆鱗に触れて地球が滅亡したらどうするんですか! 私が成敗します! 羽根突きで!』


『いや、許せないのはそこなの? 迷惑が掛かるのは宇宙人ってよりもこの辺りに住む人間だと思うけど……羽根突きって随分平和的だね』


 冷静にツッコミを入れる仄音を隅に、ヒートアップした二人は神社近くの住宅街へと移動した。




 そして、今の状況である。

 聖菜は羽子板を構え、羽根を飛ばすタイミングを窺っていた。


「手加減はしませんから! こう見えても私、羽根突きは得意なんです! 親とやって一回も負けたことないですから!」


「私は初めてだけど、まあ小学生に負けるつもりはないわ」


 聖奈は勘違いという怒りを抱いていたが、ロトは違う。

 ただ挑まれた勝負を受けただけあり、その心は純粋に楽しんでいる。尤も、天使、いや大人のプライドとして負けるつもりは毛頭なかった。


「じゃ、じゃあ一本勝負ね。負けた方は墨で落書きだから」


 一応、審判役としての使命を全うする仄音はどこか不安そうにロトを見つめる。

 仄音の中にある懸念があったのだが、それを言い出せず、やがて聖菜の先手によって戦いの火蓋は落とされた。


「今ですッ!」


「ふっ! 遅いわッ!」


 聖菜が飛ばした羽根はロトによって打ち返され、そのフォームは野球だ。まるでホームランを狙ったかのように振るわれた羽子板は羽根を弾き、空の彼方へと消えてしまった。

 状況が理解できずにぽかーんと口を開けている聖菜に、勝ち誇った様子のロト。悪い予感が当たったと仄音は頭が痛くなった。


「やっぱり……ロトちゃん、羽根突きって知ってる?」


「いや、正月にする遊びという事しか知らないわ。でも道具を見てピーンと来たわ。これって野球でしょう?」


「いや、違うけど。なんで羽根と羽子板で野球なの? そこはせめてバドミントンだよね? ロトちゃんって変なところで馬鹿なんだから……」


 仄音によって真相を語られ、息をするように毒を吐かれたロトは「そんな……」とその場に倒れ込んだ。風見鶏なプライドはズタボロだった。


「ご、ごめんね聖菜ちゃん。ロトちゃんはちょっと常識に欠けていて……もう一戦してくれる?」


「え、でも羽根がないです」


「あぁ……」


 一つしかない羽根は住宅街を超え、何処かへ飛んでしまった。恐らく、歩ける範囲に落ちているだろうが、探し当てるにも時間が掛かってしまう。


「なら私が魔法で羽根を作っ――むぐぐっ!」


「あはは! もうロトちゃんったら! いくら手品でも羽根を出すのは無理だよね!」


「むぐっ! むぐっぐ!」


「きゃっ! だから手を舐めるのはやめてよ!?」


「ぷは! そうでもしないと窒息死するわよ!」


 してやったりと言った風なロトは唾液の付いた手を見つめては頬を朱色に染めている仄音を横目に、スタスタと聖奈に近づいた。


「その、ごめんなさい。羽根を失くしてしまって……私が非常識なばかりに……」


「い、いえ、いいんです。喧嘩を吹っ掛けたのは私ですし、まさか羽根突きを知らないなんて……もしかして外人さんでしたか?」


「ま、まあそんなところよ」


 仮面を被っているため顔立ちが分からず、外国人と勘違いしても仕方ないだろう。正確には天使という種族なのだが、それを明かす訳にはいかないためロトは適当に相槌を打っておく。


「あっ、そうだわ。これ。お詫びっていう訳じゃないけど思い出したから」


「これってもしかして……い、一万円!?」


「お年玉ってやつよ。どこかで耳にしたから一応用意していたの。貰ってちょうだい」


 綺麗な紙袋に包まれたお年玉。その金額は一万円とお年玉にしては高いだろう。聖菜は両親から五千円をお年玉として貰っており、その二倍である。


「い、いいんですか?」


「ええ。お年玉って大人が子供にあげるものでしょう?」


「ま、まあそうですけど……ありがとうございます」


 ロトの言葉は間違っていないが、実際は身内に限る話だ。

 兎に角、お年玉を貰えた聖菜の機嫌は良くなった。もはや脳裏に蟠りはなく、怒りは静まっていた。


「ろ、ロトちゃん? ず、ずるいよ……」


「仄音? 用意していなかった貴方が悪いわ。普段ヒキニートだから常識がないのね」


 二人のやり取りを見ていた仄音は伏目がちで、表情が見えない。怒っているようにも見え、悲しんでいるようにも見えた。

 きっとお年玉を忘れた所為で、大人としての立つ瀬がないと感じている。そう思い、ロトは自業自得と返事した。が、仄音には大して響いていないようだった。


 何故なら――


「聖菜ちゃんだけずるい! 私にもお年玉をちょうだい! ね!?」


「なっ!? 貴方はもう大人でしょう!? 自分で働いて稼ぎなさい!」


「大丈夫! 精神年齢はまだ小一だから!」


「それって聖菜より年下よ!? 私より仄音の方が常識が欠けてるじゃない!」


 暴論を述べ、ロトにお年玉をせびる。ドレスにしがみつき、振り解かれれば裾を掴む。その姿は立派な大人ではないだろう。

 しかし、ヒキニートには相応しい行動で、繰り広げられる泥沼に聖菜は気づかない。脳内はお年玉の使い道でいっぱいだった。

 

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