第三十二話『お正月―1』
年の初めである元旦。
老若男女問わず、初詣目的で訪れた人々でそれなりに賑わっている神社の境内。
そこに日本人とは思えない、魔法使いのような綺麗なドレスを着た天使ロトとカイロを身体中に張りて外套を着込むヒキニート仄音が居た。
二人は悪目立ちする格好故に、通行人に二度見をされつつも賽銭箱にお金に投げ入れて二礼二拍手一礼。佇立し、顔を見合わせてその場から離れた。
「ロトちゃんの格好の所為で目立って集中できないよ」
「いつものことじゃない。いい加減慣れたでしょう?」
「そうだけど……ロトちゃん、近所では有名人なの? 周りから噂されてるような……」
仄音がそう思ったのは、先ほどから周りの人、主に子供たちがロトを見てはヒソヒソと話し込んでいるからだ。断片的に聞こえる内容は公園にいる中二病だとか、空を飛んでいただとか、耳の痛くなる内容だった。
「はぁ? そんな訳ないでしょう。私はただの天使よ」
「て、天使じゃないでしょ? こういう公衆の面前でそんなこと言っているからなんじゃ……まあいいや。それよりロトちゃんは何をお願いしたの?」
「普通に昨年はありがとうございました。ぐらいね」
「あれ? こういうのは願い事を伝えるのが定番なんじゃないの?」
「私に訊かれても困るわ。初詣なんて初めてだもの」
ロトは仄音と出会う前、天使としての責務を果たす人生に休みという概念はなかった。それが今では趣味が芽生え、色んな体験をした。初詣もその一つである。
境内に生えた立派な大樹に凭れ掛かったロトはどこか遠い目をしていた。
「仄音は何を願ったの?」
「え? まあ普通に宝くじ一等かな」
「しょうもないわね……」
「勿論! それ以外にも願ったよ! 行方不明の深紅ちゃんが発見される事と、良いバイト先が見つかる事と、家内安全と、スクラッチ一等とソシャゲで狙っているキャラが出るように――あと世界が自分中心に周りますようにって!」
「煩悩の塊? いや、もう自己中心的過ぎて……」
願い事が複数ある事ですら驚きなのに、その半分は碌でもない煩悩に塗れた願いだ。世界が自分中心に? 誰しも一度は想ってしまうことだが、それを全て神様にぶつけたとなるとロトは呆れから溜言葉も出ない。
「それと自分の安全も願ったかな。私、このままじゃ長くないだろうし……」
「悪の欠片のことね……」
ロトは絶対に仄音を助ける。悪の欠片を取り除くと決意していたが、未だその目処は立っていない。思いついた言葉は全て気休み程度で、だからこそ黙り込んでしまった。
「そんなに思い込まなくても何とかなるよ!」
「でも……」
「あ! そうだ! 向こうにおみくじがあるから引きに行こうよ!」
「わ、分かったから引っ張らないで」
袖を引っ張られてロトはぎこちない足取りでついていく。
売店は初詣目的で訪れた客で混んでおり、普段よりも儲かっていた。
「すみませーん! くじ引き二人分で!」
「はーい。此方の筒からくじを引いてください」
何気にお金はロトが支払い、二人はそれぞれ筒を振った。
筒から飛び出した割り箸のような木材には番号が割り当てられており、それを店員に伝えることで番号に対応した紙が渡される。
「やった大吉だよ! ふむふむ……恋愛運は絶好調、運命の人に出会える。仕事運は好調。初心に戻るべし、か……」
仄音のくじ結果は大吉で内容は良いこと尽くめだが、何だかしっくりこないものが多い。
「ヒキニートである私が恋愛なんて想像もつかないし、所詮は占いかな。大吉という結果が、おみくじの意味だね」
おみくじというのは星座占いと同じだ。内容はあまり重要ではなく、大吉という事に意味がある。
初詣で大吉。つまり、一年最初のくじで一等だ。非常に縁起が良くて、この一年気が楽になるだろう。朝の星座占いで一位を取るよりも、更に上の極運である。
反対の大凶を引いた時は最悪だが……
「ロトちゃんはどうだった? って大丈夫? 何だか顔色が悪いよ?」
「こ、これを見なさい」
「うわぁ……だ、大凶かぁ……」
気の毒に思った仄音は口ごもって、ロトを慰められない。自分は大吉を引いた身なので尚更だ。
「天使である私が大凶なんてッ! こんなの可笑しいわ! きっと何かの陰謀よ!」
「ちょっ! どこに行くの! ロトちゃん!?」
「決まっているわ! もう一回よ!」
もう一度お金を払い、くじを引くロト。
その姿勢は先ほどよりも真剣で、伝説の聖剣を抜く勇者のようにおみくじから出た木棒を引っこ抜いた。
「やったわ! 先とは違う三十番よ!」
「三十番ですね。はい、こちらになります」
「ふふふ……今度は大吉かし……ら……」
ロトは紙を広げて固まってしまった。
まさかと思い、恐る恐る仄音は顔を覗かせてみると紙には無慈悲にも大凶と書かれている。詳しい内容は先ほどの大凶とは違うようだが、大凶は大凶だ。それも二回連続となれば相当縁起が悪い。
「も、もう一回よ!」
このままじゃ引き下がれない、とロトはお金を払い、またおみくじを引く。しかし、何の因果なのか、また大凶を引いてしまった。
「う、嘘よ……また大凶なんて……くっ!」
「もう諦めなよ。おみくじなんて所詮占い一種だよ? 絶対に当たる訳じゃないんだし……」
「天使のプライドが許さないのよ!」
「いや最近妙に怠けているしプライドも何もないよね!?」
仄音の説得は虚しく終わり、ロトは暴走列車の如く止まらない。地団太を踏んだと思えば財布から一万円取り出してカウンターに叩きつけた。
「一万円分ッ! おみくじを引かせてちょうだいッ!」
「ろ、ロトちゃん!? それはいくら何でも反則だよ!?」
あまりの暴挙に仄音は手で口元を覆って、息を呑んだ。
しかし、おみくじを何度も引いてならないという規則はなく、寧ろ神社の利益に繋がるので店員からすれば断る理由はない。
暫くして、二十回という異例の連続おみくじを引き終えたロトは売店の壁に凭れ掛かって倒れていた。燃え尽きたように真っ白に成り果て、ショックからビクとも動かない。もはやインテリアのようだろう。小鳥がロトの肩に乗っては嘲笑うかのように囀っている。
「ま、まさか全部大凶なんてね……でも大丈夫だよ! 私は大吉だし! 私と居ればプラスマイナスゼロだよ!」
「ふふふ……二十三回分の大凶よ? 釣り合う訳ないでしょう……」
「ロトちゃん……」
新年早々の不幸に壊れた人形のような笑みを浮かべるロト。
そんな彼女を元気づけるような、気の利いた言葉が見当たらない仄音は苦しそうに胸を押さえていた。
「ぶふっ、あはははは! た、耐えられないわ!」
そんな時、ロトの相手をしていた店員が笑い出した。まるで今まで我慢していたと言わんばかりの爆笑ぶりだ。
これには苛立ったロトは立ち上がり、じーっと店員を睨みつけては無言の圧力を掛けている。
「ま、まあまあ落ち着いてロトちゃん。相手は人間だし……危害を加えちゃいけないんでしょ?」
「その通りよ。でも大丈夫。この店員はアリアだから」
「え?」
宥めようと思っていたのに予想外な反論されて仄音は呆気に取られてしまった。
店員の格好は至って普通の巫女で、アルバイトなのだろうと見て取れる。しかし、どこにもアリア要素はなく、顔や声も別人だった。
「あははバレちゃった! そう、私こそが天使アリアよ! メイクの出来の良さに気づくのが遅れたようね。それとも大凶で余程ショックだったかな?」
開き直ったアリアは変声機を切って、嫌らしくロトを煽っている。潔く白状したのは良いが、褒められた行為ではないだろう。
他の巫女たちは働かないアリアを非難したかったが客の対応に追われ、白い目を向けることしかできない。
「あのねぇ……こんなところで何をしているの?」
「そんなの嫌がらせに決まってるじゃない! 大凶を何度も引いて落ち込んでいく様は傑作だったわ! あはは!」
げらげらと気品の欠片も感じられない高笑いをしているアリアは絶好調だが、嫌がらせの対象になったロトは堪ったもんじゃない。怒りからゆっくりと、呼吸を整えて息を吐き、固い拳を作った。
「これはまたお仕置きね」
「はぁ? 私はバイト中だよ? 冗談はよしてよね」
「そんなの知らないわ。ちょっと裏手に行きましょうか……」
「ちょ! た、助けて仄音―!」
鬼みたいな天使に引きずられていくアリア。関わりたくない故に、助けようとする人はおらず、名指しされた仄音はそっぽを向いて口笛を吹いていた。
(アリアさん……どうして笑ったんだろう? それに白状しなかったらいいのに……)
あの時、噴き出さずに我慢していれば嫌がらせは成功し、バレたとしてもしらを切れば良かっただろう。相手のロトなので一度見せた尻尾は掴まれるだろうが、もしかしたら切り抜けられたかもしれない。
訳が分からない仄音は首を傾げ、背後から近づく小学生の気配に気づかなかった。
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